あの日の約束｜リアクション

あの日の約束

　早坂恩は出掛ける用意を終えた。群青色のトレンチコートに身を包み、片方の耳にはオニキスのラウンドフレームピアスを嵌めていた。三つ編みに結い上げた長い髪は首に巻いて即興のマフラーに仕立てる。
「今も空き地にあるのかしらね」
　恩は卓上カレンダーに目を落とす。今日の日付に赤い丸印が付けられていた。耳に嵌めたピアスに、そっと指を触れる。
　この形見のピアスを嵌めて私が行くわ。あなたの彼女も約束の空き地に来ていると思うから。
　私とあなたが同室で入院していた時、楽しそうに何度も話してくれたわね。彼女と一緒に空き地にタイムカプセルを埋めたって。
「あなたの代理で私が彼女と一緒に掘り起こしてくるわね」
　部屋を出て、今一度、ピアスに触れた。
「待っていて」
　儚い笑みで足早に家を出た。

　恩は旧市街を歩いた。足取りに迷いはない。
　あなたのおかげで迷うことはないわ。何回も話に聞いたからね。それだけ楽しみにしていたってことだけど。
　少し悲しげな表情を浮かべて右手に曲がった。幾つかの店舗を目で確認して足を速める。
「もうすぐよ」
　恩は店の前で立ち止まった。少し先まで足を延ばして小走りで戻ってきた。
「……ここで間違いないわ」
　空き地は一つの店舗になっていた。土が露出したところはなく、彼女らしい人物の姿も見当たらなかった。
「それだけの年月が過ぎたのね」
　恩は目を伏せて、まるで黙祷するかのように立ち尽くす。
　僅かの間でドアの開く音がした。恩が正面を向くと若い女性店員が出てきた。
「ごめんなさいね。怪しい者ではないのよ。ここに空き地があると思ってきたら、お店が出来ていて驚いちゃったわ」
「そうですか。今日、来られた理由はあるのですか」
　女性店員は落ち着かない様子で聞いてきた。
「少し古い話になるんだけど、あるカップルが空き地にタイムカプセルを埋めたのよ。掘り起こす約束をしたのが今日だったから、私が彼の代わりに来たんだけど、余計なお世話よね」
「そんなことはないです！」
　女性店員は強い口調で言ったあと、ごめんなさい、と小声で謝った。
「いいのよ、気にしないで。でも、どうして？」
「あなたは彼のピアスをしています」
　女性店員は恩の片方の耳に目を注ぐ。
「もしかして彼の彼女さん？」
「はい、そうです。タイムカプセルは店ができる前に私が掘り出しておきました」
「それは良かったわ。あの、よかったらだけど、少し話を聞かせて貰っていいかしら。タイムカプセルの中身や彼の事とか」
　女性店員は飛び切りの笑顔を返した。
「私も話がしたいです。彼がお気に入りのピアスを渡した相手が、どのような人なのか。とても気になります。お店はあと少しで終わるので、中で待っていてください」
「あら、悪いわね」
「さあ、どうぞ」
　女性店員がドアを開けて横に控える。恩はピアスに触れながら、彼のおかげね、と柔和な顔で中に入っていった。