【登場！　マンボウくん】

「……誰だよ！？」
　遺憾の意、というやつはこういう時に表明すべきなのかもしれません。少なくとも、寝子島の（非公式）マスコットたる、黒 マグロさんにとっては、やすやすとは容認しがたい重大事でありました。
「寝子島にニューキャラクター登場！　なんてェ告知が来てるから、俺様もついに公式化か！　と思ったら……」
　ぶるぶるぶる、たくましい腕に握り締められたポスターの真ん中に描かれているのは、これまで全くのノーマーク、見たことも無いキャラクターです。真ん丸ボディにつぶらな瞳の、
「マンボウくん？　マジで誰だよ！！」
　遺憾です。大変に。マグロさん的には！
　ともあれ、新キャラ登場ともなれば、ゆるキャラとしては（自称）先輩たるマグロさんのこと。ぐぐっ！　拳を握り込みまして、必要以上にマッシヴな上腕二頭筋をパンプアップさせながら、
「サンマの野郎でさえ目障りだってェのに、この上新顔だと……？　納得行かねェ！！」
　どぱーん！　と打ち寄せる寝子島漁港の白波へ、叫んだのでした。
「こうなりゃ、この寝子島を背負って立つにふさわしい人材か……俺様が直々に、見極めてやるぜッ！！」



　そんなわけで、浜 マンボウ。通称・マンボウくんは、託された観光大使（見習い）としての役割を果たすべく。大任を預けてくれた町長さんや、幼なじみであり先輩でもあるサンマさんや……そして何より、愛すべき寝子島島民の皆々さまのために！
「よぉ～し。がんばって、ぴーあーる、するよぉ～」
　ゆっくりとながら、着実にその第一歩を、とてとて踏み出したのでありました。
　とてとて、とてとて。
　とてとて、とてとて。
　とてとて、とてとて。
　……だから、足遅いってー！！
「いやー、それにしても……感慨だわ♪」
　さてそんなマンボウくんには、本日、ありがたい同行者の方々がおりまして。
　真境名 アリサは、先日に起こったちょっとした事件……スマホアプリ『大行進！　サンマさんファミリーズ』、通称サンファミのキャラクターがにわかに実体化するという、アリガタ迷惑な出来事のさなかにマンボウくんと一足先に出会い、のんびり屋な彼をエスコートした、なんて経緯がありました。それだけに、こうして彼が新たな観光大使！　（見習い）！　なんて展開には、感激もひとしおなのです。
「あのあと、『サンファミ』でもマンボウくんのこと、育ててたのよね。もちろん、レベルはカンストよ！」
「わ～い。あのときは、ありがとう～お姉さん～」
「まーゲームの中でもヘタレだったけど……いいってこと！　今日もバッチリ、会場までエスコートしてあげるわね♪」
　なんだか甘やかしすぎな気もしますけれど、ともかく、心強い味方であります。
「Sunfish！」
　元気いっぱい、イングリッシュにマンボウくんを呼ぶのはトワ・E・ライトフェロゥです。彼女もまた先日の事件では、苦労性の保護者とともにサンマさんの愉快なファミリーたちと出くわし、交流を深めたり、一緒にバトルとかしたり、大いに楽しんだのでした。
「Everyone else、みんなーも、来てるデス？　元気デス？」
「んん～？　ぼく、よくわかんないや。でも、ぼくは元気だよぉ～」
「なら、Sunfish！　一緒に遊ぶデスー！」
　手……は無いもので、ヒレを優しく握って、きゃっきゃとはしゃぐふたり……ひとりといっぴき？　ともかくそんな微笑ましい様子に、椿 美咲紀は、胸をときめかせてしまいます。
「いやぁん、かわいい……！」
　きたるお正月のための買い出しにやってきた美咲紀ですけれど、出先でマンボウくんと出くわして、ずきゅーん！　一目でココロをとらわれてしまいまして、なし崩しに同行することとなりました。
「まるっこいカラダ、スベスベのおハダ……そして、愛くるしいおめめ！　もうっ、どこをとってもカンペキです！　ああっ早くグッズとか出ないかなぁ、出たら色々買っちゃうのにっ」
「……出るぞ？」
　ぽつり、と聞こえた言葉に、どぎゅん！　と振り返りますと、立っていたのは鉄 衛守でありました。お仕事中にふと、マンボウくんを見かけたのだそうです。
「で……出るのです！？」
「ああ。そのようだ」
　彼によりますと……なんと、新観光大使（見習い）マンボウくんのグッズ化は、早くも進行中？　衛守の務めるドライブイン寝子島でも、商品を卸して販売する予定なのだとか。
「と、話には聞いていたが……なるほど。これがその、マンボウくんとやらか」
　とてとて。とてとて……ゆっくりゆっくり、のんびりペースで町を行くマンボウくん。目の前には最初のＰＲポイント、旧市街は参道商店街へと差し掛かろうというところです。
「さっ、マンボウくん、初仕事ね！　あたしも応援するから、頑張りましょ？」
「You can do it！　がんばるーデス、Sunfish！」
「よ、よ、よぉ～し。ぼく、お仕事、がんばるよぉ～」
　アリサやトワのエールを受けて、ちょっぴり尻込みしながらも、とてとて。
　そんな彼を、美咲紀も慌てて追いかけて、
「あっ、私も応援しますよー！　フレーフレーっ、マンボウくん♪」
　年の瀬も近く、いつもよりどこか賑やかな参道商店街へと、ゆっくり進んでいく彼ら……その後ろ姿を眺めながらに。
「……仕方がないな」
　衛守もまた、マンボウくんへの同行を決め、歩き始めます。
　彼は、気付いていたのです。参道商店街に息づく、恐ろしい……いえ愛らしい、マンボウくんを狙う刺客たちの存在に……！



　御剣 刀がしきりにマンボウくんへと話しかけているのも、つまりは、そうした理由からでありました。
「……！　ところで、マンボウくんは好きな食べ物とかあるのか？」
「寝子島って、美味しいたべもの、いっぱいあるよねぇ～。寝子島丼でしょ～、サンマさんパンでしょ～」
「うんうん」
　なんて話を聞きながらも神経をとがらせて、油断なく、刀は周囲へ気を配ります。何せ、参道商店街にはことに、多いのです。彼らが。
　そう、猫たちの姿が、そこらじゅうに……！
　マンボウくん、いちおーこれで分類上はお魚の端くれでありまして、猫たちにしてみれば、大変に食べがいのあるごちそうといったところでありましょう。
「……油断はできんな」
「そうですね……」
　こっそりと耳打ちした衛守もまた、あたりに目を光らせております。
　『サンファミ』における性能にも違わず、どうやらそうとうに臆病かつヘタレであるらしいマンボウくん。ぎらついた瞳の猫たちが、ヨダレを垂らしながら狙っている……！　だなんて知ったなら、ちょっともう、とてもお仕事どころじゃ無さそうなのです。
　とはいえ、
「え～っとぉ～。や、やあ、ぼく、マンボウくんだよ～！　新しく、観光大使になったんだぁ～。みんな、応援してねぇ～！」　
　道行く買い物客たちへ、さっそくＰＲ活動を始めたマンボウくん。ぱたぱたとヒレなど動かしながら、忙しく立ち回っているのを見るに、やる気だけは十二分にみなぎっているようでして。刀も衛守も、健気なそんな姿には、応援してやろう、といった気持ちがふつふつと湧き上がってくるわけなのです。
　とまぁ、そんな心遣いを一心に受けながらも……何せ寝子島は、猫の島！
「わぁぁ……？　ね、猫だぁ、猫がいっぱいいるよぉ！　ぼくを狙ってるよぉ～～～」
　気付けば。みゃあ、みゃあみゃあ。にゃおう。ふしゃー！　周囲にはぐるり、食欲に突き動かされるまま集まった猫たちが、それはもうたくさん！
　わたわたわた！　ヘタレなマンボウくんは、すぐさまパニック！
「ど、ど、どうしよう～。こんなにたくさんの猫が、飛びかかってきたら……？　た、食べられちゃう。食べられちゃうよぉ～……！」
「Sunfish？　ねーこ、こわいデス？」
　と、覗き込んだトワの前で……マンボウくんのおめめは、ぐるぐる！
「……きゅう」
　恐怖でアッサリ、気絶！　ぱたむ、とひっくり返ってしまいました。
　何たるヘタレ、大ピンチ！　このままじゃ、マンボウくんが食べられちゃう……！
「あらら！　ここは、あたしたちの出番みたいね？」
「大丈夫っ、私たちがばっちりガードしちゃいますよ！」
　そう。こんな時のため、マンボウくんには、ありがたい同行者の皆々様がいらっしゃるわけでありまして……ざざん！　じわじわと迫りくる猫たちの前に立ちはだかるのは、アリサに美咲紀に、衛守に、それにトワも！
　それにもちろん、刀もまた、マンボウくんを守るため、その身を投げ出すつもりなのです……彼らの立ちふさがる姿の、なんて心強いことでしょう！
「ま……やる気はありそうだしな。本人の心が折れるまでは、付き合ってやるさ」
　と、言った矢先に。ぶにゃー！　ずどどどど！　しびれを切らしたように、猫たちの突撃は始まったのでした……どうなる、マンボウくん！
「きゅう……」