風邪をひいた日｜リアクション

風邪をひいた日

　いつもなら同窓生で溢れている通学路を、一人覚束ない足取りで引き返して暫く——。
　住居に到着した志波武道の虚ろな瞳を見て、出迎えた下宿先の若妻は彼をあれこれと気遣った。
「ダイジョブデッス！」
　と返したものの、学校を早退してきたことを考えれば、誰だって彼の体調は酷く——大丈夫ではないと分かるだろう。それにいくら声を明るく作ったとしても、平素の勢いと比べれば尚更だ。
　彼女が多少狼狽しつつも直ぐに準備してくれた氷枕、風邪薬と水の注がれたコップ、それにスポーツドリンクと冷蔵庫のゼリーを貰って盆にのせ、これ以上心配させまいとしっかりした足取りで自室へ戻る。
　しかしこんな必要最低限の作業が最後。扉を開けるなり力尽きてしまった武道は、ばったりと床に倒れ込んだ。
「ダメだ、きっつい、しんどい……」
　その上、頭はぼうっとする程熱いと思うのに、ブルブル震えてしまう寒さが弱った身体中を駆けてゆく。
　這うようにしてなんとか起き上がると、ゼリーをつるりと喉へ滑らせ、薬を飲んで就寝準備をした。

「はぁ……、エネルギー切れか……」
　彼の１７年間の経験上、年に数回ある酷い風邪が今のこれだった。
　朝からマスクを付けて登校したが、結果早退。
　所属している水泳部の仲間や生徒会の方に直接仕事内容は伝えられたが、そもそもメールで処理できた話しだ。無理して登校などしなければ良かったと、巡る後悔先に立たず。
　徐にスマートフォンの画面をのぞけば、クラスメイトからメールが届いている。
　内容は兎も角——風邪で休んでいる子が多いから——と言う一文に反応して、寝返りをうって氷枕に頰を乗せた。
（そっか。半日登校したけどぼーっとして気づかなかったな……、皆、今頃午後授業か……）
　友人や仲間のことを思うと、不思議と胸が締め付けられるような気分になる。病気だから不安になっているのかもしれない。武道は自分が寂しさを覚えていることに気づいて一人笑いが溢した。
　そしてその直後に訪れたのは、強い自己嫌悪だった。
（やーねぇ脱いでる時は元気だったのに馬鹿は風邪ひかないっていわれてたのにぃ！）　
　この頃気を張ることが多かったから、緊張の糸が切れたのかもしれない。そうだとしても、否、そうだと分かっていたのなら、体調管理をしっかりすべきだったのだ。
　何故自分はそう出来なかったのか——。
　武道はもう一度寝返りを打って天井を見上げながら逡巡し、そして手の甲で瞼を抑えた。

　
　ふっと目が覚めて、瞬きを繰り返しながら起き上がった。
　知らぬうちに眠ってしまったのも、身体が少しスッキリしているのも薬のお陰だろうか。
「……時間」
　スマートフォンに手を伸ばそうとした時、メールの受信を告げる明滅が見えた。
　画面を開いてみれば、溢れてくるのは皆の温かい言葉の数々だ。皮肉に満ちてはいるが、弟からのものもある。
　武道の口角が、いつものようにきゅっと上がる。
（早く治して、皆の笑顔見なきゃな）