風邪をひいた日｜リアクション

風邪をひいた日

「助かるぜ、本当に来てくれるなんて感激だ」
　古い日本家屋——つまり自宅に立っている千堂結の姿を見ながら、鵙海甫の咳が漏れる唇は、しかし笑みを浮かべていた。
　体温計が３９度７分を示したその日、彼の祖父と祖母は生憎の旅行中だった。熱以外の病状も出ており、病気をはっきりと自覚する。
　実際立っているのも辛いくらいでどうすべきかと考えた末、彼がとった行動が、結への連絡だったのだ。

『助けて、熱がヤバい。俺、死ぬかも……ぐふっ』
　
　それっぽいスタンプも添えてのＳＯＳメッセージに、彼女は速攻で応えてくれた。それもこちらに迷惑が掛からないようにと、完璧な準備をしてまで……。
　まさか本当に来てくれると思わなかった甫が感動しきっている間に、結は彼の要望を一つ叶えてくれた。
「——はい、ご注文の品だよ」
「おお、有難う！」
　差し出された飲み物に甫が早速口をつけていると、結は改めて挨拶めいたものを始めた。とにかく病人の心を煩わせまいと、細かいところまで心配りしているのだ。
「私、元々気管支弱くて風邪ひきやすいから、看病とかそういうのは慣れてるんだ。
　あ、うつるとかそういうのは心配しなくていいからね！」
「じゃあお言葉に甘えて。お粥とか食いたい、そういや朝から何も食べてないんだ。
　あと氷枕作ってもらおうかな」
「そんなに熱高いの？」
「３９度超えてた」　
「んー……熱は無理やり下げない方がいいんだけどね、体内でウィルスと戦ってる証拠だからっ。
　でも、辛かったら少し冷まさないとね。それとお粥！　だよね。台所借りるね」
　結は少し考えたものの、病人のリクエストに従ってすぐに氷枕を作って持ってきてくれた。その手際の良さを見ていて、彼女が人を看病するのは初めてだとは、甫も思わなかった事だろう。
「大丈夫、私に任せてっ！」
　サムズアップする彼女に全てを委ね、入院したような安心感に全てを手放す。
　しかし……暫くして心も身体も落ち着いてくると、逆に心拍数が上がり始めた。
　何故かは聞くまでもない、女子が部屋にいて、枕元に立って心配そうに見つめてくれて、あまつさえお粥様まで作ってくれているのだ——！　ここまでされて意識しない奴は、男ではないだろう。
　何だろうこれってサンタさんからのプレゼントかな！？　今年は俺も爆発しちゃうのかな！？　あらやだ顔が熱い！　という具合である。
　尚、頭の中で色々とスパークさせつつ、測った熱は遂に４０度の大台に乗っていた。
　……これは凡ゆる意味で、大人しくしなければならない。

　さて。美味しい美味しいお粥を頂き——「まずくはない……と思うんだけど、どうかな。美味しい……？」なんて健気に問われたが、美味しくない訳がない、スペシャルランチである——、着替えを済ませてもう一度布団に潜った甫の顔を見て、結は「……ん？」と何かに気づいた。
　飯粒でもついているだろうかと思った時、彼女の手がこちらへ伸びて甫の身体が小さく跳ねる。
「汗が——」
　結は甫の前髪を片手払いながら、タオルで額の汗を拭き取ってやる。
「今はゆっくり休んでね」
　早く良くなるようにと笑顔を見せてくれた彼女へ、甫はもうこれ以外に言えることが無い。
「今日はありがとな」

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