風邪をひいた日｜リアクション

風邪をひいた日

「鴇波！？」
　自宅の扉を外に開けて、八神修は驚きに一瞬固まってしまった。
「もしかして見舞い？　もしかしなくても見舞いだよな」
　女友達の思わぬ登場に修がたっぷり狼狽している間、鴇波羽衣は笑顔を見せて彼を気遣った。
「調子どう、かな……？」
「ああ。咳はあまりでない、けど熱があって頭がぼんやりとするんだ、
　なのに寒い。
　寒いのは自律神経が乱れているせいだけど」　
　修は羽衣に風邪をうつさないように、逃げ込むように布団へ戻る。
「ゴメンな、心配かけて……」
「大丈夫、気を遣わなくていいからゆっくり寝ててね」

　それから羽衣は、修が出来ないことを少しでも補ってやろうと、テキパキと仕事を始めた。
　修の枕の隣に置かれていた洗面器の水を交換し、ぬるくなったタオルを冷たい水に浸して絞る。
　大人しく任せてくれている彼の額にそれを当ててやり、キッチンを借りて持ってきた林檎を剥いてやった。
「食欲はある？　冷たいお茶も淹れたんだ、よかったら一緒に食べてね」
「林檎……うさぎか……」
　——不恰好かもしれない。と心配げに見上げてくる羽衣の愛らしさに微笑み、修は兎形の林檎をひとかけ口にしながら、自分の飼っているペットたちを連想していた。
「そう言えば動物達。人間の風邪はうつらないんだけど、俺が面倒見てやれないから、動物部屋に引っ込んで貰ってるんだ。
　寂しがってないかな、御飯は食べたかな…………声が聞きたいなあ。
　嗚呼……俺が寂しいのか。ダメだな俺」
　散漫な思考で吐かれる弱々しい言葉と笑顔に、羽衣は胸がキュンと締め付けられる。
　いつもと違う彼が心配だったが、病気はかわってあげられないし、不安な顔を見せれば彼のほうが逆に気遣うことになるだろう。
　だから羽衣は笑顔でいるよう努めた。
「あたしにできること、まだあるかな？」
「そうだな、動物達……何匹かつれてきて。白猫のミルクと黒猫のブラック、柴犬のカーキーを」
　おねだりににっこり返して、羽衣はまた彼の為に働いた。頼まれた動物たちを連れてくるだけでなく、餌を出したりと他の動物たちのことも気遣う。
　修の希望は、出来る限り叶えてやりたかったのだ。
　
「——あまり頑健じゃなくて小学生の頃はよく熱を出していたよ。
　誰も居ない部屋が寂しかったな。
　遠くの音まで聞えてくるのに自分だけ世界から取り残された感覚になったりして、さ」
　修は布団の中から腕だけ伸ばしてペットの背中を撫でつつ、そんなことをおしゃべりしていた。彼が病気がちだったとは、羽衣も初耳だ。
「弱ってる時に一人きりって、どうしようもなく寂しくなるよね……」
　——幼い頃の彼を助けてあげることは出来ないが、せめて今の彼の心を自分が軽くしてあげられたら。
　羽衣はそう思いながら、修を見守り続ける。
「お見舞いがこんなに嬉しいなんてな……」
　照れ臭そうにこちらを向いた顔は、有難うと言って目を瞑る。
「早く良くなってね、修くん」
　小声で祈りを伝えると、修の安らかな寝顔に、羽衣は笑みを一層深くするのだった。

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