【希望のひとかけら】

　ひとつ、根本的な疑問がありました。後木 真央は、Mr.ブルックスへと尋ねます。
「この世界の人たち、動物とかも……結局、どこ行っちゃったのだ？　みんな死んじゃったのだ、全滅しちゃったのだ……？」
　尋ねながらに、真央は願ってやみません。
　例えば、宇宙船。惑星間の移民。そもそも目指す最上層にある短距離航宙船、その技術が示しているのです……彼らは、宇宙を行くことができるのだと。それなら、この世界の人々は、滅びゆく惑星から逃れてどこかへ……星間航行。あるいは、次元移動。そんな方法で、どこかに旅立っていったのではないのだろうか？　と。
　そして、もしそんな技術があるのなら、それは……ふにゃあと鳴いた、白黒猫。真央の頭の上に乗った召喚デブ猫がおーとじゃれ合う、アルクにも通ずる技術であるのかもしれない。そんな気がしているのです。
「……お客様。お客様ハ、お優しイのですネ」
　伸びてきたマニピュレータが、どこか柔らかく、真央の肩へと置かれました。
「ご安心ヲ。我らが人類ハ、滅亡に敗北し、死に絶エてしまっタわけではナイのデス。コチラをご覧クダサイ
　d(ﾟｰ^ )」

　　　　　ある決断
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　　　　　　　思えば、何という発想でしょうか？　ローシルティウムによって、いえそれを使っ
　　　　　　て繁栄してきた人間の浅はかさによって、今やこの惑星は滅びようとしているという
　　　　　　のに。
　　　　　　　しかし、人はもはや、離れられないのでしょう。培ってきた技術や知識、その全て
　　　　　　を投げ出し原始に還るなど、到底受け入れがたい選択です……私もまた、そんな脆弱
　　　　　　な現代人のひとりに過ぎません。
　　　　　　　技術は確立されました。この上もなく完全な形で。後は議会の承認と、国民の選択
　　　　　　に委ねられることでしょう。
　　　　　　　計画の核を成すのはこの、極めて高純度かつ巨大なローシルティウム・コアです。
　　　　　　人間の精神……『意識』とか『魂』とか、この際呼び方は何でも構いません。つまり
　　　　　　我々は肉体を捨て、電子的配列の表す精神活動そのものとなって、神経回路となるコ
　　　　　　アの内部へと移住するのです。
　　　　　　　……お静かに。疑問や懸念は当然のことと受け止めます、私もこれが荒唐無稽に聞
　　　　　　こえることは自覚していますから。しかし、可能です。
　　　　　　　確かに、肉体的な入出力の消失に、皆さんの感覚は混乱を来すかもしれません。し
　　　　　　かしそれを最大限緩和するための措置を、我々はコアの中に形成した電子網へと構築
　　　　　　しました。そこには完全に制御された馴染み深い物理法則が息づき、大地があり、空
　　　　　　があり、街があり、住居があり店舗があり、仕事があり娯楽があり……我々は欲求を
　　　　　　保ち、感情を抱き、物を食べ、眠り、生殖を行い、今と変わらない営みを謳歌するこ
　　　　　　とができるはずです。
　　　　　　　……お分かりにならない？　では端的に、こう申し上げましょう。
　　　　　　　我々はローシルティウムの中に、ひとつの新しい世界を作り上げたのです。人類の
　　　　　　安全かつ完全なる移住先として……。

┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
「…………ローシルティウムの……中、に？」
「ハイ。人類は滅びに際シ、その要因ヲ切除スルのではナク、共存スル道を選択シタのデス。彼らは旧来ノ有機的形質を捨て去リ、ローシルティウム・コア内部へ構築されたネットワークへ、電子生命とシテ……」
「で……でもでも！　ちょっと待ってほしいのだ！」
　突飛な答えにいささか困惑しつつも、真央の疑問は、当然のことではありました。何しろあたりに広がる崩壊は、刻一刻とその度合いを強めているのです。
「その、この世界の人たちが、移住した？　っていうローシルティウムは、どこにあるのだ？　だってこの星はもうすぐ……」
「エエ、ハイ。モチロンご安心ヲ！」
　けれどMr.ブルックスは、何だか自慢げに、教えてくれました。
　すうっとマニピュレータが指し示したのは、黒々とした雲が渦巻く空……その向こう。
「遥カ彼方、宇宙の果テ。ローシルティウム・コアは超長距離航宙船へ搭載サレ、外宇宙へ向けテ射出されマシタ。最後の便りガ届いたのハ、23688年31日7時間45分29秒前。キット今頃、嫌な思イ出ナドすっかり忘れテしまうホド、優雅で楽しイ船旅を満喫シテおられるのでショウ　☆-(^ｰ'*)」



「わわわ、来たきた！　また来たんだよ～！」
　鈴原 天音が慌てて指差した先で、再び……ズビュウウウン！　灯る茜色の光。
「これヨリ任務を再実行スル！　当館ノ貴重な情報ヲ持ち出ソウとスル不埒なクソ侵入者様ヲ、強制退去セヨ！　(*^∇^*)」
「「「ヨロコンデー！　(*^∇^*)」」」
　体制を立て直したガードロボたちが、がっしゃんがっしゃん！　崩れかけの壁を這い上り、第３層へと押し寄せます。
　ずばばばばっ、さっそく放たれたトラクタービームが天音の足を捉えて、
「わ、わー！　つつつ捕まっちゃったんだよー、誰か助けてーっ！」
　宙ぶらりん！　じたばたじたばた。
　けれど、気付けば目指す最上層は、すぐそこです。旅人たちだってもちろん、諦めたりはしません！
「……させないよ！」
　日暮 ねむるはすぐさま、全力疾走！　だだだーっと飛び込んだ先には、ねじれた重力井戸。ふわりと浮かび上がったところへ、
「いくよー、ねむるくん！」
「ＯＫ、同時に！」
　飛翔する鴇波 羽衣が、ぶわーっと布を広げて、ロボットたちの頭を覆い隠した隙に。ねむるがダイブ！　すれ違いざまに天音の身体をかっさらい、しゅたんっと床へ着地して救出しました。
「っふう、荒っぽくてごめんよ。怪我はないかい？」
「だ、大丈夫っ。ありがとうなんだよー……！」
　ほうっと胸を撫でおろしたものの、状況は何とも切迫しております……羽衣が仲間たちへと、叫びます。
「みんなー！　今、修くんが制御室で、ロボットたちをどうにかしようとしてくれてるんだ。あとちょっとだと思うから、それまで頑張ろっ！」
「分かった、任せろ。海、下がっててくれ」
　ずい、と足を踏み出した御剣 刀の手には、愛用の刃引き刀。こくりとうなずいた小山内 海を背にかばいながら……、
「ふッ！」
　鋭い呼気とともに、一閃！　金属同士がぶつかり合い、派手な火花を散らしながら、迫るロボットの一体を叩き伏せます。
　屋敷野 梢は蝶に変身、ひらり！　ばばばばっと薙ぎ払うビームを避けると、するりと元の姿へと戻って、
「まったくもー。私はこんなの相手にするより、もっと情報を集めたかったんですけどねー」
「そうかい？　僕はこんな武器を使えて、それなりに楽しんでるけど……ねっ！」
　サキリ・デイジーカッターは壁を、天井を蹴り、重力井戸までも利用しながら、縦横無尽！　立体的な機動でロボットたちを翻弄し、時にヴァイブロカッターを振るい、時に崩れゆく足場へと誘いこんで落とし込み、大活躍……その表情はどこか楽しげで、梢は苦笑いしつつ肩をすくめます。
　背中合わせのオーデン・ソル・キャドー、雨寺 凛もまた、
「とにかく、皆さんお気をつけて。八神さんが仕事を終えるまで、持ちこたえましょう」
「うんっ！　私だって、思いっきりやっちゃうんだから！」
　前後左右から迫るロボットたち。オーデンは迸る稲妻を、床へ突いたステッキを支点として、華麗に宙がえり！　相打ちへ導き、互いのビームでしびびびびっと固まったところへ叩きつけられる、喉から振り絞るような、凛のシャウト！　巻き起こった衝撃波が、まとめてどっかん、吹き飛ばします。
「ささ、アルクさんはこちらに。危ないですからねー」
　ででんっと呼び出した自動販売機の陰に隠れて、薄野 五月は白黒猫をむぎゅう。
　人、ロボットと入り乱れての攻防は、ますます激しさを増して。どかすか、がっしゃん！　派手な金属音が鳴り響きつつも、アルクはやっぱりぬくぬくと、五月の腕の中でのんびりふにゃん、でありました。