アレコレひゃっはーの日｜リアクション

アレコレひゃっはーの日

　オレンジのセーターに茶系のダッフルコートを羽織る。青いデニムのジーンズは温かく、伸縮性に優れていた。寒さに備えた格好で篠原翠響は自転車に飛び乗った。
「青い空には青い海よね」
　翠響はシーサイドタウンのマンションを出た。寝子ヶ浜海岸に繋がる道を自転車で軽快に走る。赤いリボンで結んだポニーテールが大気の中を縫うように泳いだ。前方の光り輝く水平線を目にして足の回転が速くなる。
　防風林の傍らに自転車を止めた。翠響はやや視線を下げて海を眺める。遠くの方で黒いウェットスーツを着た人物がサーフィンに励んでいた。目にした瞬間、身震いを起こして視線を切り替えた。
　砂浜にはポツポツと人の姿があった。何をするでもない。ただ砂浜を歩いて海の方に顔を向けていた。
　見慣れた青い空に青い海。人の出入りの少ない砂浜に口元に笑みが浮かぶ。翠響は足跡のない斜面を勢いよく駆け降りた。ショートブーツのおかげで中に砂が入ることはなかった。
　波打ち際まできて後ろ手を組んで歩いた。海を横目に見ながらゆっくりと景色を楽しむ。波が足元に迫れば軽く横に跳んだ。引くと近づいて波と戯れた。
　海からゆるゆると吹く風は、時に強く翠響の前髪を巻き上げた。厚着にも関わらず、少し身体が震える。
　翠響は砂浜のところまで後退して歩いた。今度は予期しない突風に襲われた。閉じた片目に掌を当てて、その場にしゃがみ込む。
「なんで砂が」
手を離して頻りに瞬きをした。目は充血して頬に涙が伝う。
「翠響ちゃん、大丈夫？」
　上からの声に頬を拭う手が止まる。翠響は驚いたような表情で呟いた。
「澪お姉ちゃん？」
　見上げた瞬間、笑顔が零れる。
「本当に澪姉ちゃんなのね！」
「久しぶりね」
　澪は乱れる髪を手で押さえながら微笑んでいた。残りの手を差し伸べて翠響を引っ張り上げた。
「でも、どうして？　お父さんの仕事の関係でスペインに行ってたはずなのに」
　二つ年上の従姉を翠響は不思議そうに見詰める。澪は海の方に目を向けた。
「連絡が遅くなってごめんね。数日前に日本に帰ってきて、今は東京に住んでいるのよ」
「知らなかった。それで今日は寝子島に用事か何かで来たの？」
　澪は答えずに翠響を優しく抱き締める。少し赤くなった耳に唇を寄せた。
「帰ってきたら翠響ちゃんに会いたくなって、ここまで来ちゃった。そんな用事ではダメかしら」
「そんなことないよ。あたしも、ずっと澪お姉ちゃんに会いたいと思ってて、だって澪お姉ちゃんはあたしの……」
「翠響ちゃんにとって私は？」
　先を促すような言葉に翠響は小さく呟いた。
「……好きな人だから」
「ありがとう。少し暖かくなったね」
　澪は身体を離して砂浜をゆっくりと歩き出す。海風を顔に受けて、綺麗な海ね、と口にした。横に並んだ翠響は得意な顔で付け加える。
「それだけじゃなくて、この島にはいろんな不思議が詰まっているのよ」
「楽しそうな話ね。教えてくれる？」
「大好きな澪お姉ちゃんの頼みだからね！」
　島で起こった事柄を熱く語る。話の内容に澪は驚き、口を押えて笑った。
「次は澪お姉ちゃんの番ね。スペインにいた時の話が聞きたいな」
「そうね。楽しい話からしましょうか」
　澪は話し始めた。大きな動作は軽やかな踊りを見ている気分になった。
　澪お姉ちゃんはあたしにとって、憧れの人。その素敵な人に、一歩でも近づけたら、あたしの世界も広がるのかな。
　翠響は澪の話に耳を傾ける。熱心に頷きながら憧憬の念を深めていった。

このページにイラストを設定する