アレコレひゃっはーの日｜リアクション

アレコレひゃっはーの日

　太陽は大きく西に傾いて青い空の一部が緋色に焼ける。生地の厚いパーカーを着た鴻上彰尋が通りを軽く走っていた。周囲には主婦らしい姿が多く見られた。
「出遅れたか」
　彰尋は少し足を速めた。見えてきたスーパーに駆け込むと買い物カゴを引っ掴んで奥へと向かう。
　歩きながらざっと値札を見ていく。特価のシールは見逃さない。口をもごもごと動かして頭の中に値段を擦り込んだ。お勤め品のワゴンにも立ち寄った。
　一通り見て回るとポケットから紙を取り出す。足りない食材が必要な順に羅列されていて最後に予算が太字で書かれていた。
　彰尋は精肉のコーナーに向かおうとした。横から七夜あおいが現れた。買い物カゴを肘に掛けた状態でぼんやりと歩いている。
　何かがおかしい。頭に過った時にはすでに彰尋は行動に起こしていた。
「あおいさんも、お弁当の食材を買いにきたのか？」
「……彰尋君、あー、そうだね」
「ぼうっとしているみたいだけど、身体の具合でも悪いのか」
「え、そんなことないよ。元気いっぱいだよ」
　突然、目が覚めたかのようにあおいは喋り出した。それも長続きはしなかった。彰尋がほうれん草の束をカゴに入れると、その傍らで小さいながらも溜息が聞こえてきた。
　家計とかの遣り繰りの悩みなら、俺が相談に乗れるかもしれないな。
　彰尋はあおいと目を合わせて言った。
「事情はわからないが、俺でよければ話を聞こうか」
「……うん、そうよ。同じ男の子だし、気持ちがわかるかもしれないよね」
「家計の話では、ない？」
　途端に彰尋は弱腰になる。あおいは逆に元気を取り戻した。
「彰尋君と同じくらいの男の子が、ある女の子にドキドキして、それで好きって言葉を言ったとしたら、どういう意味になるのかな」
「それは誰の話なんだ？」
　訝るような言葉にあおいは過剰に反応した。違うって、と彰尋の肩口の辺りをバンバンと平手で叩く。
「私の話じゃなくて、例え話だよ。びっくりしたなー、もう」
「……友人としての『好き』ではなくて、異性としての『好き』だと俺は思うけど。気になるのなら、相手に聞いてみたらいいんじゃないのかな」
「そうね、って違うって。私のことじゃないんだって」
　あおいの無意識の平手が彰尋の背中を何度も叩いた。
「俺が間違えた。例え話なんだよな」
「そうそう、例え話だよ。それで彰尋君はどうしてここにいるの？」
　不思議そうな顔で聞かれた彰尋は口元を手で隠してくすりと笑う。
「一週間分の献立の材料を買いにきた。学校のお弁当も含めてだけど」
「一回にそんなに買うなんてすごいね。お弁当を作るだけでも大変なのに」
　あおいは青い瞳を丸くして言った。そうかな、と彰尋は少し弾んだ声を出して話を続ける。
「毎日、お弁当を作らなくてもいいんだよ。作り置きとか、週に一回はパンの日を挟んだりした方が長続きすると思うよ」
「そうかもしれないけど、料理が難しいよ」
　困った表情で笑うあおいに彰尋は優しい声で言った。
「クリームコロッケとか、ほうれん草のお浸しのレシピを教えようか？」
「いいの？　じゃあ、教えて貰おうかな」
「まずは食材の確保の争いに勝たないといけないが」
　タイムセールスが始まった。彰尋は目当ての食材に向かって突っ込んだ。あおいも負けずに加わった。

　神の加護を得られた一日は、誰にも気づかれない間にひっそりと終わりを迎えるのだった。

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あとがき

担当マスター：黒羽カラス
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神様に約束された幸せな一日が終わりました。
リアクションの中で全身に傷を負った人もいましたが、
それはそれで幸せな時間を過ごせたのではないでしょうか。
幸せの形は人それぞれ。傍からはよくわからないものです。

新しい年になりました。今年は少し出足が鈍くなるかもしれませんが、
可能な限りシナリオを出して皆様に楽しんでいただけるように励みたいと思います。

本年もよろしくお願いします。

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