師走の月夜に、向日葵走りて｜リアクション

師走の月夜に、向日葵走りて

◆
――同日、夜。
ひまわり畑を冴え冴えとした月影が照らす頃。
枯れたひまわり畑の輪郭が、ほんの一瞬ばかり揺らいだ。
直後、ひまわり畑が書き換わる。
枯れ果てて夏を待つばかりのひまわり畑から、大輪の花が咲き乱れる満開のそれへと。
月を仰ぎ見るようにして咲き誇るひまわり達――そのあり得ない光景は、美しいと同時に言いようのない不気味さな気配を漂わせていた。
「綺麗だけど、おかしいよねこれ」
いつも持ち歩いている鏡に触れながら、十文字若菜は呟いた。
昼間に一度『向日葵』を訪れ、嫌な予感に改めてやって来たのだが。
もしかして、と若菜の思考は続く。
日向が居ないのは、このひまわり畑のせいではないだろうか。
およそまともなひまわりであるはずがなく、危険な可能性は充分にある。というより、間違いなく危険だろう。
それでも、日向が居るかもしれないと若菜が歩みを進めようとした――その時。
「ったく、はねっかえりの向日葵どもが！　俺はな、あの店の饅頭が好物なんだよ、だからちんけな事してねーでとっとと夏まで寝てろ！」
ひまわり畑に向かって、苛立ちを叩き付けるような大音声。
御風不二夫の、その宣戦布告めいた言葉が聞こえたのか。
月を仰ぐ花が傾ぎ、不二夫を――夜のひまわり畑に集まっていた者達を見た。花の一つ一つが、まるで目であるかのように。
直後、ひまわり畑から伸びる枝葉。不二夫たちを捉えようと走るそれらの前に、ひらりと舞い込む小さな影。
一羽の蝶、だった。
色鮮やかなその蝶は、何処からともなく二つ三つと数を増やしていく。
そうしてあっという間に、冬の夜のひまわり畑は蝶が飛び交う一種幻想的な光景へ。
しかして頭上を飛び交う蝶の塊に、ひまわりの枝葉は向きを変えて襲いかかる。
風切り音を伴って鞭打の如くに襲いかかる枝葉に、蝶のもろい身体では到底耐えられるはずもなく。
鱗粉を、触角を、羽を散らして崩れ去る――ことはなく。
あるいは石に、あるいは岩に、あるいは鉄骨混じりのコンクリ片に。
およそ蝶とは似つかわしくない姿に変じ――否、戻り。報復とばかりにひまわりに降り注ぐ。全ては屋敷野梢のろっこん、『胡蝶の詩』による仕掛け。
予想――するだけの思考があるかは別として――外の事態に、ひまわりの枝葉は天へと伸びる。無論落下物を打ち払うためであり、すると当然根元はお留守。
「今だ！」
八神修の言葉が火付けとなって、集まった面々はそれぞれに動き出していた。

◆
御剣刀が、天動記士郎が、不二夫が、修が、紫が、ひまわり畑に一気に飛び込んでいく。
さりとて、攻撃衝動の塊であるひまわりたちがそれを見逃すはずもなく。
一斉に花を彼らへと向け、瞬間膨れあがるのは明確な害意。
ガラスが割れるような音の直後、種が散弾の如くばらまかられる。
四方八方全方位、『射線から逃れる』などという小細工は通用しない飽和攻撃。
しかし、その衝撃は彼らには届かない。
「皆、大丈夫？」
「守りは任せて」
きらめく結界と蜘蛛の巣めいて広がる影――若菜の『Bai sema』、月の『月影の死神』が、無数の種を受け止めていた。
続けざま、月影の下に銀閃が踊る。
狂ったひまわりを、根元から断ち切り切り裂き刈り取るように。
「意地でも突破させてもらうよ、甘味を味わうためにね」
『斬空舞踏』――瞬間移動のろっこんで『跳んだ』サキリは、空間を刻むように短く移動を繰り返す。
地を這うように繰り出される二つのナイフが、正面のひまわりを次から次へと切り倒す。
音もなく地に落ちたそれらを、修がさらに草刈り機の刃に巻き込んで微塵に刻んだ。
そうして開かれた道を、面々は突き進む。

◆
身を沈め、重心を低く維持して刀は駆ける。
斜めに切り込む枝葉の鞭を、一層低く地摺りにかわす。
次いで右から左から、掠めるように身を捻ってはこれをいなす。大量にある花一つ一つを相手にはしていられない。本陣へと届くまで、脚を止めるわけにはいかない。
結界や影の守りからは離れてしまうが、速さと護りはトレードオフだ。
左右に揺れた隙を突き、薙ぐような一閃が放たれる。
風を切って迫るそれに、刀は刃引き刀を抜き放った。
斬撃音に遅れて、断ち切られた枝葉が力なく刀の肩を打つ。
ひまわりの花はまだ無数。斬った直後の隙を狙って、前後左右に枝葉が伸びる。
返す刀で前を斬り、大きく踏み込んで左右と後ろを引き離す。
しかし、その足下へさらに一撃。
「くっ……！」
くるぶし辺りを打ち据えられ、突っ伏すように身体が傾ぐ。刀を地面に突き立てて、それを支えに無理矢理に体勢を維持。
追撃の枝葉が頬を掠め、一筋朱色の線が走った。
――やはり、敵が多すぎる。

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