師走の月夜に、向日葵走りて｜リアクション

師走の月夜に、向日葵走りて

◆
相手が人でないもので、人に対し害意を持つなら。
できる範囲で抗わなければ、と記士郎は考える。
（しかし……何かよほど気に入らないことでもあったのでしょうかね）
故あって鍛えられた体捌きで、記士郎は枝葉の猛襲を紙一重でかわし続ける。
日向が向日葵を大切にしているとは、彼も聞いて知っている。
だからこのひまわり達が、彼女に危害を加えるとは思わない。
だからと言って、切り倒したり燃やすことには抵抗があった。
しかし、その生真面目さが今ばかりは仇となった。
しなる枝葉が、袈裟懸けに襲いかかった。
上体を反らしてこれをかわしたところへ、すかさず突きが放たれる。
半歩身体をずらすようにしてよけたかと思うと、枝葉の突きはすかさず払いへ変化。
受け流そうとした腕さえもかいくぐり、脇腹に一撃が叩き込まれる。
「っ！」
傾いだ身体にすかさず絡みつく枝。記士郎の首を捉えたそれは、そのまま締め上げて――
視界の隅に、閃く刃。
サキリのナイフが、枝を断ちきった。
大丈夫ですか、と問われて礼と共に頷けば、サキリはそのまま『斬空舞踏』で瞬間移動で消える。
断ち切られた枝を見やる記士郎。その脚に、ひまわりの根が蛇のように絡みついた。
そこで記士郎が懐から取り出したのは、植木ばさみが一つ。
足を取られる寸前、思い切りよく断ち切った。
――かわせるならそうしたいし、できれば切ったりしたくはない。
それでも、そうしなければ進めないのなら。
たどり着けなかったら、意味もないのだから。

◆
枝葉に根っこをかいくぐり、不二夫は走る。
その行く手に形作られる、枝葉が複雑に絡みあった壁。
隙間から向こうを見ることも出来ないほど密なそれを前に、
「しゃらくせぇ！」
不二夫は、地面を思い切り蹴った。
走り高跳びの要領で、ここまでの走りを全て踏切に込めて。
必然、彼の身体は中空で無防備を晒すことになる。
壁はそのままに、すかさず枝葉を伸ばすひまわり。
四肢に絡みつかれ、不二夫はそのまま空中で縛り付けられる。
――が、それは跳んだ時点で百も承知。
彼の腕は、既に交差されている。
『ダーティー・アストロアーム』、発動。
両腕が、巨大で堅牢な機械仕掛けめいたそれへと変わる。
膨れあがった体積に勝てず、引きちぎられる枝。
力任せに脚の枝葉を投げちぎり、落下と同時にひまわりに拳を振り下ろす。
鉄槌めいた一撃が、花を殴り潰した。

◆
枝葉を受け流すのは、左手のポリバケツの蓋。
右手の電動草刈り機が、唸りを上げひまわりの茎へと押し当てられる。
太く堅い茎が、電動で高速回転する刃の前に悲鳴をあげて断ち切られていく。
だが、その威力ゆえに草刈り機は取り回しに劣る。
隙を突いて放たれる一撃を、かろうじて修はバケツの蓋で受け流す。
だがそこで、ひまわりは蓋の縁に葉を引っかけた。
振り抜く勢いで、修の腕ごと蓋を持って行く。
「しまっ……！」
がら空きになった胴体を、ひまわりの花が捉える。
種の散弾が、炸裂――する、その寸前。
『ダーティー・アストロアーム』が割って入った。
散弾が真正面から直撃し、轟音が響き渡る。
「ちんけな豆鉄砲なんざ通用するかよ」
鋼の腕越し、吐き捨てるように不二夫は言う。
しかし『豆鉄砲』を受け止めた『アストロアーム』は、びりびりと痺れていた。
その威力は、想像よりも遥かに高い。
「すまない、助かった」
「はっ、ついでだついで！」
と礼を交わす間にも、ひまわりは二度目の散弾を放たんとする。
草刈り機も、痺れて鈍ったアストロアームも間に合わない。
害意が膨れあがった、その瞬間。
「ったく、洒落になんねえ事態だよ」
夜海霧楓のナイフが茎を捉えた。
ざくりと音を立てて刃が食い込み、花を切り落とす。
ちらりと二人の無事を確認だけすると、楓はそのまま駆ける。
一刻も早く原因を見つけて終わらせないと、このナイフも切れ味が鈍って打つ手がなくなる。
一応もう一つ手はあるが――それはそれ、だ。
冬の夜のひまわり……絵面の洒落は効いているが、事態はいささかも洒落では済まない。

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