ラン・ラン・ラン！　｜リアクション

ラン・ラン・ラン！　

　すばるくん？
　眩く差し込む月の光が、山腹のすばるを照らし出す。
　美野梨の鼓動が早まる。
（助けに……？　それとも、あなたも捕まえに来たの？）
　恐怖と混乱が一時に押し寄せる。
（逃げなきゃ。
　あんなに自分を探してくれているけど……警察に協力しているのかもしれない）
　脈絡のつかぬ思考が交錯する。
（でも……このままじゃ、凍死するかも）
（味方になってくれれば）
（捕まる）
（逃げなきゃ）

　――。

　――。

「やあ、いたね」
　目の前に、すばるが立っていた。
「すばるくん……私、人を殺して」美野梨が、うわごとのようにつぶやく。「マッドサイエンティストで……警察が、捕まえようとして……」
「……」
「すばるくんの……手にある資料……私がやったっていう証拠……」
「……」

　不意に、月光が差し込む。闡明な意識が、美野梨に差し込む。

「私は何もしてないわ、信じて……！」

　すばるは黙って、美野梨に近寄る。

　美野梨は顔を上げた。すばるの顔を、これほど真向かいに見上げたのは、いつ以来だろう。
　無数の羽音に、美野梨の心は千々に乱れる。
　あれは鴎。きっと鴎。
　光線の加減。今日のすばるは妙に凛々しい。いや、普段は凛々しいというよりも、秀麗とか。
　いや、そうではなくて。

「信じるさ、もちろん」
　すばるの目は、まっすぐ自分を見ていた。
「だから、ボクのことも信じてほしい。ボクからは逃げないで欲しい」
「……」
「寝子島中の人が君の敵になろうと、ボクだけは君の味方だ。
　――そう、ずっとね」

「道なき道を、九夜山ナイトランで逃走なのだ！　負けるかなのだ～！」という声が響く。
　道なき道。それでも、彼は一緒に歩いてくれる。

「刑事がもう来ているな。資料に、九夜山に向かうことも示唆されているからね」
「資料」
「よくできた偽資料だ。これなら誰だって、君が殺人犯だと確信する」
「……」
「けど、ボクには分かる。……これでも君の、相棒のつもりだからね」
「相棒……」
「現場の写真だ」資料を美野梨に開く。「見てごらん。探求心や、美学が、これっぽっちもない。
　こんなものが、君の所業であるはずはない。そうだろう？」

　本当か？
　すばるは、自分をだまそうとしているのではないか？

　でも、もう、それでもよかった。
　優しい嘘になら、だまされてもいい。すばるが自分を信じてくれた。

（私が自分を信じられない時も、あなたは私を信じてくれるのね……）

「信じるさ、もちろん」力強く、すばるは頷く。

　彼方から足音が響く。
「とりあえず逃げよう。どこかに隠れてから、真犯人をボクがつかまえれば、すむ話さ」

　全身から力が抜ける。
　立っていられない。

「さ、帰ろうか」

　美野梨はふらふらと手を伸ばし、すばるの白い掌を握り……。

　――つかまえた。

　見上げた美野梨の眼前、すばるは片目を閉じて笑う。
　その意味を問う前に、躰が麻酔を嗅がされたように力をうしなう。