熊の霍乱？！　風邪にご用心！｜リアクション

熊の霍乱？！　風邪にご用心！

　その後、紫とさゆるが希望者にスープとくず湯を提供していた。そのお陰か悪寒が和らいだ人が多いように見受けられた。
　片栗粉を入れてとろみをつけたお陰で保温効果を持ったチキンスープと、とろとろのくず湯は身体を心から温める。
（これで、少しは……）
　自分でもチキンスープを飲みながら一息つくさゆるは、傍らでスープを飲む紫と目が合った。２人は其々が用意したものを口にして表情を和らげる人々の様子を見、内心で嬉しく思いながら微笑みあう。
「先輩方も、辛かったらやすんでいてくれよな？」
『いくら動けるからって、つらいものはつらいもんね』
　通りかかった林檎がそう２人に言う。が、さゆるは林檎と同じ１年生だ。どうやら大人びた雰囲気で上級生と思われたらしい。
（やっぱり、上の学年に見られやすいみたいね）
　さゆるは訂正するのが面倒だったので、ただ彼女の言葉に頷いた。

　臨時保健室の隅っこでは、桜庭円と綾辻綾花がテオとにゃーくんの看病をしていた。丁寧にハンカチのすみで鼻水をちょこちょこ拭いてあげたり、顔の汚れをとってあげたり、とやる事は一杯ある。
　テオとにゃーくんの額には、濡らしたガーゼが乗せてあった。綾花がそうしてくれたのだ。彼女は猫２匹の看病のほか、珪の看病もしている。今はそっちに行っているのか、姿が見えない。
「今はゆっくり休んでね」
　円は眠るテオとにゃーくんに優しく声を掛ける。そうしつつも、彼女は喉を押さえた。先ほどから喉が痛むのだ。
（そういえば、喉が痛いとか聞こえるけど、僕もなんだよなぁ。のど飴とか生姜湯がほしいかも）
　そう思っていると、綾花が２つの紙コップを手にやってきた。
「珪先生の方はどう？」
「まだなんともいえません。熱がまだ下がらなくて」
　綾花は心配そうに言いながら、紙コップを手渡す。中身は牡丹特製ハニージンジャーティーである。それを受け取り、円の表情がぱっ、と明るくなった。
「ありがとう！　ちょうど喉の調子がおかしいと思ってたトコなんだよね」
「うふふ。喜んでもらえてよかったです！」
　綾花はそう言って笑うと、珪先生にも届けてくるね、とささやいた。
　綾花が早川珪の元へ戻ると、彼は心配そうに綾花を見つめた。教師として、生徒の事が心配になっているのだ。
「綾辻さん、身体が辛いようなら休んでいて。僕なら、休めばどうにか……」
「先生、私なら大丈夫ですよ」
　そう言ってハニージンジャーティーを渡す綾花。だが、珪は真面目な顔で綾花を諭す。
「無茶をして、体調をより悪化させてはいけない。綾辻さんも、ちゃんと休むんだよ」
　心配して言ってくれているのは、綾花にも判っている。だが、それ以上に珪の事が心配で、だから何かしたいのだ。胸の奥がじんわりと痛みを伴って熱くなる。
　暫らくの沈黙の後、綾花は「はい」と小さく返事をした。

　同じような展開が、近くで繰り広げられていた。
「御巫さん……、休んでください」
「え？」
　今まで眠っていたと思っていた御巫時子は、急に、五十嵐尚輝からそう言われきょとんとした。彼が眠っている間、汗を拭いたり、濡れタオルを交換したり、干していた実験道具を拭いてしまったり、と休み無く動いていたからだ。
「僕が……眠っている間、がんばっていました……し。御巫さんも、体調が……悪いのに……」
　すみません、と頭を下げようとする尚輝を止め、時子は優しく笑う。
「私は……、大丈夫ですよ。心配してくださり、ありがとうございます」
　時子は気丈に笑って見せるも、尚輝は首を横に振る。そして静かに「休んでください」と言った。時子は頷くと、２人のハニージンジャーティーを貰いに行くのだった。