【お三夜】午前三時のコンビニエンスストア｜リアクション

【お三夜】午前三時のコンビニエンスストア

　ぐぐぐぅぉおぉ、お腹のあたりで何かが鳴いた。
「ふぉおおぉおッ？！」
　毛布を撥ね飛ばして飛び起きて、
「なっ、なんなのだなんなのだナニカの襲撃なのだッ？！」
　後木真央は暗闇に占められた猫鳴館の自室を勢いよく見回す。足で蹴飛ばした毛布を片手に抱き込み、猫じみた動きで壁際に撤退して、
　ぐおぉおおん。
「お？」
　怪獣のように鳴くのが自分の腹の虫だということに気がついた。
「……おお」
　明るい翠の瞳を子猫のように見開き、真央は力の限り空腹を訴える自分のお腹を擦る。ついでに窓や扉の向こうから忍び込む冷たい空気に身震いする。
　頭から被った毛布の裾を床に引き摺り、部屋の隅の棚を探る。確かここに、
「あったのだ」
　万が一のときのために隠していたカップラーメンを引き出し、満面の笑みを浮かべるも、そう言えばこれを食べるためには廊下の台所で口笛のごとく喚く薬缶でお湯を沸かさなければならないことに思い至って肩を落とす。猫鳴館の壁は薄い。更に今はどう考えても深夜も深夜。更に更に今手にしているカップラーメンは濃厚豚骨超メガカップ。
「……ギルティなのだ」
　完璧なまでのギルティに恐れ慄き膝からくずれおちる真央を奮い立たせるように、腹の虫がぐうぐう喚く。
　空腹を抱えてしばらく考えて後、真央は意を決して顔をあげる。こんなときは猫鳴館で良かったとつくづく思う。
（深夜徘徊し放題なのだ）
　頭に被った毛布を振り払って立ち上がるなり、
「にゃにゃにゃがおー！」
　必殺技を叫んで両手を丸める。ぽてり、足元に召喚されたあったかいデブ三毛猫に面倒くさげに見上げられても、真央は挫けず言い放つ。
「がおー！　何も言わずについてきてほしいのだ」
　のそのそと眠たげに動き、案外忠実なろっこん召喚三毛猫がおーは戸口の赤猫リュックにのっしり圧し掛かった。
　その間に素早く外出準備を済ませ、真央は巨猫と一緒くたにリュックを背負う。どれだけそっと開けても軋むドアをできるだけそっと開き、どれだけ足音を殺しても鳴る廊下を忍び足で渡り、外に出る。
　

　室内の闇に慣れていた眼は、夜空を圧して輝く月の光にほんの一瞬眩んだ。翠の眼を細めつつ、空を仰ぐ。
「さっむいのだ～……？」
　吐き出す息の白さに眼を開く。夜に流れて溶ける白い息の先には、いつもよりずっと大きく白く輝く月。
「もしかしてこれ、スーパームーンなのだ？」
　思わずポケットからスマートフォンを、赤猫リュックのポケットからデジカメを取り出す。ふたつのカメラに巨大な月を収めつつ、思い出すのは部活のみんなとの合宿。
「また合宿したいのだ……」
　願いをこめた言葉が白い息になって月の空へ飛んでいく。
　スマホに撮ったスーパームーンは、思っていた以上に白くて綺麗で、独り占めが勿体なくなった。一緒に見たい親友は、でもこんな深夜の時間にはきっともう眠ってしまっているだろう。
　それでもやっぱり月が綺麗なことを今すぐ伝えたくて、メール画面を開く。文面を打ち込み、写真を添付し、送信ボタンを押す。
　そうしてから、真央は九夜山の森に迷いなく踏み出す。
「……交番側に行くと職質されそうなのだ」
　周辺の地図を頭に辿り、街灯さえないほとんど獣道じみた学校までの道を駆け下りる。目指すは一番近い寝子ヶ浜方面のコンビニ。