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- 00月00日生 00歳
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【お三夜】午前三時のコンビニエンスストア
身体の表面だけが熱を帯びて、けれど心の芯は冷たく凍り付いていた。
光にいちばん近いが故にいちばん暗い、月の夜空を仰ぐ。吐き出した息に空が白く濁る。虚ろに凍り付いた身体の奥に、空気を白く煙らせるほどの熱がまだ残っていることに、朝鳥 さゆるは暗い琥珀色の瞳を僅かに瞠った。
深夜を過ぎ、けれど払暁にも遠いこの時間のシーサイドタウンに、人気は絶えて無い。
冬物コートの襟を掻き寄せ、うなじを隠すマフラーに冷えた細い顎と頬を埋めて、ロングブーツの靴音さえひそやかに凍る初冬の町を彷徨う。
十五には見えぬ肢体のそこここに、熱いシャワーでは洗い落とせなかった夜更けの情事の気配が、刹那の快楽の残滓がこびりついている。互いに互いの名と身体しか知らぬあの男は、中途半端な時間に目覚めたさゆるが朝靄の町に消えたと夢現に知っていたとしても、決してあのマンションを出て追いかけて来はしないだろう。
身体に纏わりついていた熱が瞬きをいくつかする間に冬風に奪われる。
冷え切った己が身体を抱きしめて、向かう宛てなど皆無なことを思い知って、途端、足が竦んだ。
今出て来たばかりの男のマンションに帰るつもりはなかった。
爛れた情事に再び身を堕とす気力すらなかった。
身体も心もひどく疲弊していて、けれどその自覚がないまま、さゆるは誰もいない町の片隅で途方に暮れる。
星ヶ丘の自宅に帰り、睡眠薬を流し込もうかとも思い、
（……嫌）
瞬時に否定する。誰もいない自宅に帰る気にはどうしてもなれなかった。
心中の懊悩を僅かも表には出さず、さゆるはもう一度白い息を吐き出す。風に浚われ夜に消える吐息の行方を追って視線伸ばせば、街灯の並ぶ道の果て、広がる星空と暗く沈む水平線。
立ち尽くしていた足を踏み出す。一歩進めば、案外楽にもう一歩が出せた。よろめくような足取りで、誘い込まれるように海岸に向かう。海岸ならば、少なくとも海の音を聞きながら星を見ることが出来る。誰も居ない、音のしない町に怯えずに済む。
吹きつける尋常ではない海風の冷たさなど、構うものか。
海への道を辿る。感情宿らぬ瞳に映すは、星の輝く夜空でもなく闇一色の海でもなく、己が内面。
（……バラバラだわ）
夜の海よりも暗い心の器に、微塵に砕け散ってもうどうしようもなくなった己が心がある。どれだけ見つめても、細かく砕けた心の破片の繋げ方は判らない。それにきっと、いくら懸命になって繋いでも、幾つかの破片は失われたままだろう。
息を吸い、吐き出す。
齢十五の身で、夜毎に町を彷徨い行きずりの快楽に溺れる日々は、自傷行為に似ている。こんな日々の果てに待ち受けるのが破滅という結末であることも理解していて、それでもそれを己は完全に受け入れている。
（……『宿痾』）
治癒不能の『宿痾』。
小説に読んだ言葉を思えば、それはパズルのピースのように虚ろな心にぴたりと当て嵌まった。
海から冬風が押し寄せて、コートの裾を浚おうとする。
コートの内側に貯まり始めていた体温さえ浚われて、さゆるは寒気を覚えた。闇に迷っていた思考が途切れて、悪夢から覚めたように周囲を見回せば、明々とした光に目を射られた。
眩しさに瞬きを繰り返して確かめれば、それはニャブンイレブンの看板。
少し立ち寄って行こうか、そう思えたのは何故だろう。
何となく足を向け、光溢れる店内に入る。無駄に明るい来店チャイムの音から大分遅れて、事務所から暇そうなバイト店員が半ば寝惚け眼で顔を出した。
やる気のなさそうな挨拶にうわの空で返す。自分以外の客が居ない店舗をうろつく気にはなれず、レジカウンターでホットコーヒーだけを注文する。
専用カップと代金を交換し、レジ横のコーヒーメーカーで淹れる。ブラックコーヒーを手に無言のまま店外に出、無人の狭い駐車場の端でカップに唇をつける。
甘い匂いにも、温かい湯気にも、心は動かなかった。
無感動な心を放置して、コンビニの光を背に熱いコーヒーを口に含む。香りよりも何よりも先、口いっぱいに苦さが広がって、さゆるはふと首を傾げる。味を覚えた己の感覚に眉を顰める。
（……意外だわ）
見えない傷だらけになって、そのために何も感じなくなった身体が、こんなちっぽけな苦さを感じられるとは思ってもなかった。
（でも、……）
淡雪のように儚い笑みがほんの一瞬、唇の端に滲んで消える。
何故かは判らないまでも、今は口に広がる苦さが好ましいものに思えた。
たとえ、バラバラに砕けた心の傷が癒えることはないにしろ。
光にいちばん近いが故にいちばん暗い、月の夜空を仰ぐ。吐き出した息に空が白く濁る。虚ろに凍り付いた身体の奥に、空気を白く煙らせるほどの熱がまだ残っていることに、朝鳥 さゆるは暗い琥珀色の瞳を僅かに瞠った。
深夜を過ぎ、けれど払暁にも遠いこの時間のシーサイドタウンに、人気は絶えて無い。
冬物コートの襟を掻き寄せ、うなじを隠すマフラーに冷えた細い顎と頬を埋めて、ロングブーツの靴音さえひそやかに凍る初冬の町を彷徨う。
十五には見えぬ肢体のそこここに、熱いシャワーでは洗い落とせなかった夜更けの情事の気配が、刹那の快楽の残滓がこびりついている。互いに互いの名と身体しか知らぬあの男は、中途半端な時間に目覚めたさゆるが朝靄の町に消えたと夢現に知っていたとしても、決してあのマンションを出て追いかけて来はしないだろう。
身体に纏わりついていた熱が瞬きをいくつかする間に冬風に奪われる。
冷え切った己が身体を抱きしめて、向かう宛てなど皆無なことを思い知って、途端、足が竦んだ。
今出て来たばかりの男のマンションに帰るつもりはなかった。
爛れた情事に再び身を堕とす気力すらなかった。
身体も心もひどく疲弊していて、けれどその自覚がないまま、さゆるは誰もいない町の片隅で途方に暮れる。
星ヶ丘の自宅に帰り、睡眠薬を流し込もうかとも思い、
（……嫌）
瞬時に否定する。誰もいない自宅に帰る気にはどうしてもなれなかった。
心中の懊悩を僅かも表には出さず、さゆるはもう一度白い息を吐き出す。風に浚われ夜に消える吐息の行方を追って視線伸ばせば、街灯の並ぶ道の果て、広がる星空と暗く沈む水平線。
立ち尽くしていた足を踏み出す。一歩進めば、案外楽にもう一歩が出せた。よろめくような足取りで、誘い込まれるように海岸に向かう。海岸ならば、少なくとも海の音を聞きながら星を見ることが出来る。誰も居ない、音のしない町に怯えずに済む。
吹きつける尋常ではない海風の冷たさなど、構うものか。
海への道を辿る。感情宿らぬ瞳に映すは、星の輝く夜空でもなく闇一色の海でもなく、己が内面。
（……バラバラだわ）
夜の海よりも暗い心の器に、微塵に砕け散ってもうどうしようもなくなった己が心がある。どれだけ見つめても、細かく砕けた心の破片の繋げ方は判らない。それにきっと、いくら懸命になって繋いでも、幾つかの破片は失われたままだろう。
息を吸い、吐き出す。
齢十五の身で、夜毎に町を彷徨い行きずりの快楽に溺れる日々は、自傷行為に似ている。こんな日々の果てに待ち受けるのが破滅という結末であることも理解していて、それでもそれを己は完全に受け入れている。
（……『宿痾』）
治癒不能の『宿痾』。
小説に読んだ言葉を思えば、それはパズルのピースのように虚ろな心にぴたりと当て嵌まった。
海から冬風が押し寄せて、コートの裾を浚おうとする。
コートの内側に貯まり始めていた体温さえ浚われて、さゆるは寒気を覚えた。闇に迷っていた思考が途切れて、悪夢から覚めたように周囲を見回せば、明々とした光に目を射られた。
眩しさに瞬きを繰り返して確かめれば、それはニャブンイレブンの看板。
少し立ち寄って行こうか、そう思えたのは何故だろう。
何となく足を向け、光溢れる店内に入る。無駄に明るい来店チャイムの音から大分遅れて、事務所から暇そうなバイト店員が半ば寝惚け眼で顔を出した。
やる気のなさそうな挨拶にうわの空で返す。自分以外の客が居ない店舗をうろつく気にはなれず、レジカウンターでホットコーヒーだけを注文する。
専用カップと代金を交換し、レジ横のコーヒーメーカーで淹れる。ブラックコーヒーを手に無言のまま店外に出、無人の狭い駐車場の端でカップに唇をつける。
甘い匂いにも、温かい湯気にも、心は動かなかった。
無感動な心を放置して、コンビニの光を背に熱いコーヒーを口に含む。香りよりも何よりも先、口いっぱいに苦さが広がって、さゆるはふと首を傾げる。味を覚えた己の感覚に眉を顰める。
（……意外だわ）
見えない傷だらけになって、そのために何も感じなくなった身体が、こんなちっぽけな苦さを感じられるとは思ってもなかった。
（でも、……）
淡雪のように儚い笑みがほんの一瞬、唇の端に滲んで消える。
何故かは判らないまでも、今は口に広がる苦さが好ましいものに思えた。
たとえ、バラバラに砕けた心の傷が癒えることはないにしろ。
シナリオ
シナリオデータ
シナリオスケジュール
- シナリオガイド公開日
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- 2015年11月06日
- 参加申し込みの期限
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- 2015年11月13日 11時00分
- アクション投稿の期限
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- 2015年11月13日 11時00分
