【接客業の心得】

　深縹 露草の料理が達者なのは、例えば母親を始めとして大人の手伝いを良くしてきたからであり、独立してからは自炊したり、誰かに食べさせたり。学費を稼ぐためにと、様々に手を出してきた豊富なアルバイト経験もまた、大変に役立っています。
　加えて彼、おもてなしの精神というものに満ちあふれておりました……普段は少々、怜悧かつ悪役めいてニヤリと笑いかけ、相手をびくつかせることもあるにしろ。
「いらっしゃいませ！　手巻き寿司に、焼きそばはいかがですか？」
　調理に接客にと忙しく立ち回りながらも、にこやか！　丁寧かつ親しげな態度も相まって、屋台はなかなかの繁盛ぶりです。
　もちろん、メニューのお味にだって自信アリ。今回は寝子島近海の新鮮海の幸を贅沢に使った手巻き寿司『ねこスペシャル巻き』と『かつぶし増し増し焼きそば』の、ことに寝子島に多い猫が食べられない食材を使わずに仕上げたという、寝子島愛にあふれた二品で勝負！
「やっぱ、肉食った後は魚も食わねぇと！　バランス悪ぃもんなー」
　そんなわけで、お客様は引きも切らず。楢木 春彦、呉井 陽太に須崎 蒼志の賑やかな三人組を出迎えて、露草はにっこり！
「いらっしゃいませ！　ご注文はお決まりでしょうか？」
「そうだねぃ、それじゃこの手巻き寿司をひとつずつ……」
「……それと、焼きそば。大盛りで」
　陽太センパイのお財布もそろそろ限界に近付きつつありましたけれど、ひょいっと横から付け足した蒼志の食欲は、天井知らずのようです。
「手巻きが三つに、焼きそばが大盛りですね。かしこまりました」
　もちろん作る側としては、たくさん食べてもらえるのは大歓迎。てきぱきと調理して手渡しますと、三人組は手巻き寿司を揃って、ぱくり。惜しげもなく巻き巻きされたエビにマグロに、豪勢な手巻きのお味はもちろん、
「「「うまっ！」」」
　素直なリアクションで喜んでいただけるのを見ると、露草も嬉しくなって、ますます張り切ってしまいます。
　続けてやってきたのは、綾辻 綾花。
「あ、本当ですね……『猫でも食べられる食材のみを使用しています』って書いてます。すみません、手巻き寿司と焼きそば、ひとつずつお願いできますか？」
「かしこまりました、今お出しいたしますので」
　品物を待つ彼女にひとつ微笑んでから、手早く正確に、心を込めて調理……という間にも、お客様は続々とやってきます。
　綾花の後ろに並んだ奈倉 藍。片手にイカ焼き、もう片方に焼きとうもろこしという充実っぷり……後からやってきた、ひとり食べ歩きを満喫中の塔尾 松生は、
「あら、また会ったわね。って、食べるわねーあんた……どこにそんなに入るの？」
「あっ、さっきはごちそうさまでした！　今度は手巻きですか、焼きそばですか？　それとも両方？　今度は、私がおごっちゃいますよー♪」
　そんなやりとりが聞こえてきて、露草も手元を忙しく動かしながらも、ほっこりとしてしまいます。
　それぞれに出来上がった品を手渡してあげますと、揃ってみんな、すぐにもぱあっと笑顔がこぼれて……露草は、胸を満たしていく充足感に、
「……こうして、皆様に喜んでいただけると。私も嬉しいデース……！」
　ちょっぴり、ふにゃりと緩んだりもするのです。



　猫ちゃんと一緒に食べられる！　といった、寝子島住民にはなかなかに訴求力のある謳い文句を掲げたお店は、露草の屋台だけではありません。ミリティア・ディスティンの提供する『チーズプレート』もまた、そうしたメニューのひとつであります。
　あまり汗をかかない猫には、塩分の摂りすぎは厳禁……でも、チーズは意外と大好物。そこでミリティアは、クリームチーズやモッツァレラチーズなど塩分の少ないものを中心に、数種類のチーズをチョイス。さらにはチーズと合わせて美味しいクラッカーや、トマトの薄切りにドライフルーツ、ふかしたジャガイモの薄切りなどを、『ご自由にお取りください』と大盤振る舞い！　お客が自由に組み合わせを選べる、楽しいプレートを用意しました。
　ほか、ドリンクメニューにリンゴや梨の果汁１００％ジュースに、無料でいただけるレモン水などもご用意。店舗にはうきうきとするようなＢＧＭに、のぼり等の飾り付けもバッチリ、後はお客様のご来店を待つばかり……と。準備は万全ではありましたものの。
　例えば猫好きな誰かが興味を惹かれ、覗きにきたとしても、店主たるミリティアは、
「……………………」
　いらっしゃいませ、と声をかけるでもなく。にっこりと笑いかけるでもなく……ただただ、カチコチ！　キンチョーして黙りこくるばかり。元引きこもり、と言いますか今も割と寮のお部屋にこもりがちではありますけれど……そんな自分を変えようと、この機会に頑張ってお店を出してみたまでは良かったものの、やっぱり営業スマイルにっこりでてきぱき接客、とまではなかなか行かないようです。
（こ、このままじゃ……何でもいいから、言わなきゃ。が、頑張らなきゃ……！）
　なんて、ぐぐっ。密かに気合を入れ直し、ぎしっとこわばりまくった全身をどうにか動かし始めた頃。
　通りがかった客たちが、彼女にとっての救い主となったようです。
「海鮮欲張り丼も、秋特製スープカレーも。美味かったな……」
「美味しかったですけど、辛さが激しすぎたのです……シュー君、ここは女の子に、デザート的甘い物を奢りやがり下さいなのですー。女の子を敬うのです！」
「分かった分かった。そんな目で見るな……で、何が食べたいんだ？」
「あ、あっちにクレープのお店がありますよ。次はあそこに行ってみましょうか？」
「「賛成ー！」」
「やれやれ……」
　なんてやり取りは、どこかで見覚えのある面々、同じ寝子島高校に通う生徒たちです。通り過ぎていく椿 美咲紀に毒島 林檎、八神 修に日々野 結衣香……そのさなかに修が、はっ！？　とはためくのぼりを発見したのでした。
「なに、猫と一緒に食べられる？」
「塩分の少ない食材を使うことで、人間も猫も美味しくたべられるものを揃えた……ということらしいな（『あっ、これも美味しそう！　ちょっと寄っていこっ！』）」
　と言ってやってきた彼らへと、ミリティアは。今度こそ！
「……い、いらっしゃい、ませ！」
　ちょっぴり上ずってはおりますけれど、やっとマトモにお客様をお出迎えすることができました。
　結衣香や美咲紀も、興味深げにメニュー表を覗き込み、
「そろそろお腹も膨れてきましたけど、これならさっぱりいただけそうですね。取材も兼ねて、食べてみましょうか？」
「賛成なのです、えっトマトの薄切りが取り放題！？」
　本日初めての売り上げに、自然と、ミリティアの頬も緩みます。
「あ、ありがとうございますっ……！」
　張り切ってプレートへチーズを乗せ始めたところへ、今度は続けざまにお客がやってきます。何だかんだで皆さん、気になっていたようでして。
　食欲旺盛アスリート、羽生 碧南もご来店。ついでに相変わらずスマホ片手にひとりレポーター続行中な、飛吹 蓮太郎さんも！
「おおっ、ケバブふたつにスープも完食したっていうのに、良い食べっぷりだぜ！」
「……明日の朝練は、ハードにいかなきゃね！」
　やがて、多少なりとも接客に慣れてきたミリティアは、まだまだおぼつかなくはありますものの、どうにかこうにか。引っ込み思案な自分を変えるべく、それに訪れるお客の笑顔が嬉しくて、少しずつお仕事にのめり込んでいきました。



　少しだけ空いた時間を見計らって、露草は休憩がてらにお好み焼きなどもぐもぐもぐとしながら、他の出店者の様子も見てみることにしました。
「あ、ありがとうございましたー！　お次の方、ど、どうぞっ！　はい、チーズプレートに、アップルジュースですねっ」
　開場前、大いにアガりまくっていたミリティアが、今はどうやら少なからず吹っ切れたようで、張り切って屋台を切り盛りしているところなど眺めますと。彼は何だか、自分のことのように嬉しくなってきてしまうのでした。
「それにしても、もぐもぐ……このスペシャルお好み焼き、美味しいデース……！　さて、次は何を食べマースかねっ」