【寝子島の新しい味】

「どうも。貴方の心の貴公子……飛吹 蓮太郎でっす！」
　カメラの前で、びしっ！　今日も今日とて蓮太郎さん、ふぁっさーっと髪をかき上げ、さらにはきらんとひとつ歯を光らせながら、爽やかに微笑みました。
「今日はここ、寝子ヶ浜海浜公園で行われている食の祭典、一大イベント！　『マタタビックフードフェスティバル』にやって参りましたーッ！　これから美味しい食べ物をたくさんいただきつつ、バッチリ食レポをお届けしちゃいまっす、ヨロシク☆」
　カメラに向かって、にかっ！　いささか軽い調子ではありますけれど、世界一を自称するイケメンスマイルは、今日も絶好調であります。
　なおひとつ言及させていただきますと、彼は別段報道関係のヒトとか何とかであるわけではなく、ここで言うカメラとはスマートフォンの動画機能のことでありまして、すなわち蓮太郎さんの突発的思いつきによる自撮りです。
「ちなみにかわいコちゃんも、俺にとっては美味しい食べ物だぞっ☆」
　カメラを自分に向けながら、ウィンクぱっちん！
　そんなわけで蓮太郎さんは、ひとり食レポ開始。まずはふと目に付いた、定番寝子島丼から。
「おおっ、こいつはやっぱり間違いないぜ！　しらすの風味がたまらない、白飯との相性は言わずもがなってやつだな、これぞＴＨＥ・寝子島フード！」
　いちおーちゃんと丼の中も撮影してるあたりはきっちり食レポしてますけれど、その後にくりっと自分を映しながらに、ピース！　何とも、楽しそうです。
　続いては、これまた定番とは言いつつも、実際頼むには多大なる勇気を要するところの、カップルドリンク秋バージョン！　グラスひとつにストロー二本という、やたらめったらハードルの高い飲み物です。
「秋といえば、恋の味！　お次はこいつだ……とはいえさすがに、ひとりで飲むのは寂しすぎるよな。というわけで、そこのかわいコちゃんッ！　俺と一緒に、飲まないかーい！」
　び！　とカメラに収めたのは、たまたま通りがかり。きょとんっとした、篠原 翠響でした。
「……え？」
「『オータムカップルドリンク』！　俺と一緒に、飲まないかーい！」
「いや、家族と来てるから。遠慮しておきます……」
「残念っ、でも男には引き際も肝心だぜ！　ということで、この後もご家族で仲良く、フードフェスを楽しんでくださいね☆」
　あっさりさっくりとフラれてしまっても、全くもってめげない蓮太郎さん。にっこり！
　首を傾げた篠原一家にはくるりっと踵を返しまして、すぐさま次のメニューへ……目を引くのは、『デスコヴィル・ナパーム』の文字。いかにもこう、激辛ーっ！　といった空気に満ちあふれていて、蓮太郎はすこーしばかり腰が引けつつ。
「……しょ、食レポするなら、たとえ常軌を逸した激辛メニューであっても……恐れてはならないッ！」
　カメラに向かって、どん！　男前です……口元が引きつってなければ。
　ともかく、赤い赤い地獄の沼のごときスープカレーをご注文。うむっと気合を入れた後に、ぷるぷるとちょっぴり震えるスプーンでもって、ぱくり。
「……ッ！　…………ッッ！！　………………ーーーーーーッ！！！！（声にならない悲鳴）」
　口を押えてじたばた、のたうちながらもカメラは、ばしっ！　苦悶に歪む自分の顔を外さなかったのはさすが、食レポとしてこれ以上に無い臨場感を感じられる映像となったことでしょう。
　……ていうかこの撮ったやつ、どなたに見せるつもりなんでしょうか……息子さん？



「おう、お前さんも食べてみるか？　美味いぜ！」
　訪れたお客さん、双葉 由貴へ、バルシュ・コルテュルクは陽気に。にかっ！
「けばぶ？　食べたことないな……えっと、じゃあひとつ。た、食べてやらないこともないけど！」
「ははは、元気いいな！　それじゃソースはどれにする？　どれも美味いぜっ」
　ツンデレ少年を微笑ましく眺めながらに、注文を受けるとバルシュは長ーい包丁でもって、くるくる回るお肉の塊を削ぎ落していきます。
　移動式ケバブ屋さん、『Gule gule!』のフードワゴンは昨今、寝子島のあちらこちらで見かけることができ、少しずつ認知度が高まってきているところです。暑い日も寒い日も、そうして移動販売に精を出す彼の努力のたまものでもありながら、看板メニューである『ドネルケバブ』がこうも受け入れられているのは、やっぱり、
「「……美味しいっ！」」
　その、お味でありましょう！
　たまたまお店の前で一緒になった、羽生 碧南と綾辻 綾花が揃って声を上げますと。陽気なバルシュの笑顔も、
「気に入ってくれたかい、嬉しいねぇ！」
　もう、三割増しに明るくなってしまうのです。
　綾花はトマトソース味のケバブを、はむはむ。トマト風味の程よい酸味と、肉汁じゅわー！　っなお肉を素朴な味わいのピタパンが包み込んで、お野菜もタップリと。
　碧南はぴりりと辛めなチリソース味のケバブに加えて、キャベツと牛挽肉とレバーのコンソメスープ、『ラハナ・チョルバス』もご注文。香ばしく深みがあって温かく、五臓六腑に染み渡るとはまさにこのこと！
　そんな様子を、じーっと見ている由貴少年。
「美味そうだなー……どんな味なんだ？」
　と思わずお姉さんたちに尋ねてみますと、
「ジューシーなお肉に、しゃきしゃきの野菜がマッチしてて。これは、美味しいですね……！」
「肉も野菜も、パンもソースも、全部が全部を引き立て合ってて……このスープも、本当に身体が温まるわね。ほっとするわ」
　あっという間に完食してしまった碧南は、
「この、イスケンデル風？　ソースっていうのも、ひとつください」
「すごい食べっぷりですね……でも、そんなに食べて大丈夫ですか？」
　思わず尋ねた綾花へと、彼女は胸を張って答えたものです。
「明日はバスケ部の朝練があるのよ。それで辻褄を合わせるから、無問題！」
「ははっ、なるほどな！　そら坊主、そっちの嬢ちゃんも、お待ちどうさん。スぺシャルソースだ、食べてくれ！」
　もう、辛抱たまらない！　といった様子の由貴に、お代わり追加も余裕な碧南も、ヨーグルトとトマトのスペシャルソースをかけたケバブを受け取りまして。さっそく、はむっ！
「「……うまー♪」」
　あふれる肉汁に、幸せそうな顔を浮かべたふたり……と。そんな風にドネルケバブを味わうお客の後ろから、やけに明るい声がかかります。
「ハーイかわいコちゃんたち、ついでにそっちの少年も！　カメラに向かってにこやかに、笑って笑って！」
「うわ！　テンション高いなぁ？」
　言わずもがな、蓮太郎さんでありました。激辛スープカレー悶絶も乗り越え、セルフリポート継続中！　一瞬戸惑ってしまった由貴に、綾花と碧南も。すぐにも彼の笑顔に誘われるように、控えめながらも微笑みます。
「サンキュー、みんな良い顔だな！　っつーわけで、来たぜ親友っ！」
「おう、レンタロー！　来てくれて嬉しいぜ！」
　なんて彼ら、お友だち同士でありました。バルシュのお店は、蓮太郎のお気に入りで行き付けなのです。
「今日は、ガーリックソースにするかなー……おっ！　このスープは初めてだな。これもくれるか？」
「ああ、分かったぜ。うっし、肉もがっつり、友情盛りにしとくからな」
「さっすが親友、話が分かる！」
　蓮太郎は、ヨーグルトベースにニンニク風味が香るガーリックソースのケバブと、ラハナ・チョルバスを注文。
　もはや食べ慣れていながらも、こうしてかぶりつくたびに舌を楽しませてくれるドネルケバブに、ついついにんまり……こちらは初めて、スープもひと口。
「ああ。こりゃ美味い！　それに何だか、こう……故郷に帰ったような。そんな温かさを感じるよ。最高だぜ、バルシュ」
「ありがとよ！　はは……お前の笑顔は、太陽みたいだな。冬も始まろうってこの寒さも、吹き飛んじまうぜ」
　ふと静かな面持ちで、蓮太郎とバルシュ……それに綾花と碧南、いつもはぷりぷりとツンデレな由貴まで、揃って何となーく良い気分で空を眺めたりする、良い秋の日よりでありました。