こどものころのおはなし｜リアクション

こどものころのおはなし

　２　幼馴染は、今は

　――たまにはおっさんだって、鳥を眺めていたい時がある。

　というわけで、曖浜鴻は小鳥カフェ＆ホテル『ＴＡＢＥ＝ＴＹＡ＝ＤＡＭＥ』を訪れていた。テーブルにつき、店内でしゃべったり囀ったりしている鳥達を眺めながらコーヒーを飲む。
「こうして鳥に囲まれていると、親父のことを思い出すな」
「お父さん、ですか～？」
　声が聞こえたのか、店主の風羽が笑顔で近付いてくる。
「ああ、俺の親父は、鳥を見るのが好きでよ。特に白鳥が好きだからって、子供の名付けまでそれに肖ったんだ」
鴻の故郷は、少し遠出すれば白鳥が見られる地域だった。
　父は歳の離れた兄に『白鳥（しろとり）』、自分に『鴻』。年子の弟には『鵠（くぐい）』とつけた。
「兄貴と鵠は読み間違われたりして、大変だったっつってたな」
「弟さんの方は、読めない方もいそうですね～」
　くぐい、と発音しただけでそうコメントしたということは、風羽は鴻の字を知っているらしい。
「３人兄弟って、楽しそうですね～」
「そうだなー。でも俺はガキの頃は、鵠や幼馴染と過ごしてた時間が多かったな。兄貴と遊んだ記憶は少ないんだ」

∞

　弟の鵠には、優しいけれど妙にのんびり、ぼんやりとしたところがあった。
「そんなにちんたらしてんじゃねえよ」
「うん……ごめんねー」
　それに対し、子供の頃の鴻は生意気でせっかちだったから、こんな風によく鵠を急かしたりしたものだった。
　その鴻をよく止めたり、注意してくれていたのが彼と同い年の幼馴染、智佐子だった。いつも綺麗な服を着ていた彼女は長い黒髪をなびかせ、華奢な体に似合わない速度で勢いよく駆けつけてきて、鴻を叱る。
「こらー！　こーちゃん、くぐちゃんいじめんのー！」
　彼女に強く言われると、鴻の顔は一気に赤くなった。自分でも何故こんな反応をしてしまうのか分からなかったが、とにかく彼女に対抗する。
「いじめてねぇよ、ばーか」
　眉を吊り上げて言い合う２人の横で、鵠はのんびりと緊張感のない笑顔を浮かべていたものだ。
「大丈夫、兄ちゃんはいじめてないよぉ」
　――こんなやりとりを、しょっちゅうしていた。

∞

（思えば、初恋……だったんだよなぁ）
　思い出話をしながら、鴻は思う。当時は気付かなかったが、智佐子相手に覚えていた妙な感情は『恋』で、『初恋』だった。気付くのに時間が掛かって、告白したのは学生時代だ。だが、見事に玉砕した。
『鴻ちゃんには、もっといい人が見つかると思う』
　滅多に見せない真面目な表情でそう言われて。
「……見つかってねぇなぁ、おっさんになった今になってもよ」
　飛んできたインコに話しかけるように、鴻は言う。

　それからしばらくして３人共別々の場所で暮らすようになったが、智佐子と鵠は２０代の時に再会して恋人同士になった。
「結婚するって聞いた時には、驚いたもんだ」
「結婚したんですか～」
　複雑な気分になりそうなシチュエーションだが、鴻はしみじみとしているだけで、そういった感情は持っていないようだった。
「ああ、弟夫婦の間に生まれた甥っ子も、もう小学生だ」
　鴻は自分と同じような癖毛を持つ甥の顔を思い出す。
「月日が経つのは……早ぇよなぁ」

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