黒い指先　――透明な檻――｜リアクション

黒い指先　――透明な檻――

　話がひと段落ついたところで、アリーセのアカウントに、ようやく実際に被害にあったという相手から、一件ダイレクトメールの返事が来た。
　素早く内容に目を通したアリーセは、困惑の色を浮かべた。
「アリーセちゃん？　何て書いてあったの？」
「……会社員の男性ですって。海浜公園をランニングしていた時に、不意討ちされたみたい」
「犯人のろっこんについては？」
「気付いたら、水の中に閉じ込められていたという話ね。書かれていたのはそれだけよ」
「水……？」
「ええ。慌てて水を掻いて、出たって書いてあるわ」
「その水は閉じ込められても、出れるってぇわけか？」
　骸の問いに、アリーセが頷く。
「閉じ込めて、自分がセブンだって言うだけ言って逃げるって事か？　フザケた野郎だな」
「やっぱり、ただの愉快犯なのかな？」

「……もう一つ、気になる情報が書いてあるわ」
「なんだ？」
　問われたアリーセは、一呼吸置いて。こめかみを押さえながら答えた。
「相手は、白い大きな犬を連れていたんですって」
「……………………」
　全員が、押し黙った。
「うー、わっかんないよー」
　円は頭を抱えた。
「話を統合して考えれば、飯田が会った奴が犯人って事なんじゃないのか？」
「そうなんだけど。でもそれだと飯田さんが襲われなかった、理由がわかんないよ」
「そこに、こだわりすぎじゃねえのか？」
「んー……、そっかなぁ？　そうかもしれないね」
「ひょっとしたら」
　骸が、ぽつりと漏らした。

「そいつぁ、フェミニストなのかもしれねぇなぁ」

　八神修も後木真央と別れたあと、ネットで噂の主とコンタクトを取るべく画策していた。
　同時に被害者がどれ程いるのか、調査していたのだが。
「実際に被害にあったと言う人間は、ごく少数なんだな……その割には、噂が一人歩きしているような？」
　そして修は、『Ｌ』のハンドルネームを持つアカウントが、噂の発信元のほとんどを占めている事に気づく。
　ちょくちょくとつぶやいているようなので、シーサイドタウンの楽しいスポットなど、別の話題で他の情報を探しているように偽装しながら、それとなく話しかけてみた。

　返信は。

　――ホントだよ、しかもそいつは「自分を怪人セブンだ」って名乗ってるんだって

「…………？」
　目を見開く。まるで見当違いの答えじゃないか。
「もしや……」
　もう一度、接触を試みる。

　――くわしい話は知らないんだ、聞いただけだから

　やはり、ずれた回答。
　修は嫌な予感がして、『Ｌ』のプロフィール画面へ飛ぶ。

　予感は的中した。
　発言の履歴と内容を辿れば。そのアカウントは、自動プログラムを利用して、もれいび狩りの噂を数パターン発言が可能なように。そして返信があった場合でも、何パターンかの返答をランダムに行えるようにされていた。
「Botじゃないか……」
　ということは、このアカウントの主は。
「もれいび狩りの噂を、拡散させるのが目的と言うことか？」

　何のために？　セブンは危険すぎる、それを知らないからか？
　早急に見つけ出して、やめさせねばなるまい。

　いや。
　修は一つ、思い当たって長い指で口元を覆った。
　肩肘を突いて、身を乗り出す。

　――もしかして、セブンを挑発している、のか？

●ワースト

　エレノア・エインズワースは表向き、セブンに関わる者に協力する姿勢を見せながら、裏ではワーストで【ベラドンナ】の名を使い分ける。
　彼女がお嬢様然とした、しとやかな少女と、内面に闇を内包した冷酷な二つの顔を併せ持つ理由は、唯一つ。
　自分が好む『皮肉な結末』に導くため。
　ハンドルにふさわしく、甘美なる猛毒を孕んだ、悪趣味な耽美主義者。それがベラドンナだ。
　エレノアも行動を開始する。

　まずはチャットルーム（ワーストの溜り場となっている）にて。
『前回桜庭さんに手紙が届いたそうですが、今回はどうでしょうね？』
　仲間に持ちかける。

『もれいび狩りの犯人がセブンの噂か……』
　答えたのは、ワーストの中心人物【テロ屋】。草薙龍八だ。

『調べる必要があるな。
　・このセブンは本物か
　・【怪人セブン】はある種の称号で複数いるか
　・セブンの背後に何者かがいるか
　……何か分かったら、知らせる』

『お願いします。私も他の人の前では大っぴらに出来ませんが、新しい情報が入り次第お知らせします』

　返信を待ちながら、エレノアはサブアカウントでねこったーに。
『セブン殺すの失敗し過ぎワロスｗ　被害者もトロいｗ』
　と、連投して煽りを入れる。

　だが煽りの結果はさんざんで、完全にスルーされたばかりか、気付いたら多くのアカウントからブロックされていた。
　セブンはともかく、被害者まで槍玉にあげたのはまずかったのかもしれない。
　エレノアは、爪を噛む。

　そうこうしているうちに、ワーストの【黒闇天】から『聞いた話じゃ、どうやら偽者くせぇな』と短い書き込みがあった。
　くわしい話を聞きたかったが、どうやら現在取り込み中で、取り急ぎということらしい。

　気を取り直して、今度は本アカで『噂に便乗して草薙さんが何かやらかすかも』と注意喚起の振りをして呟くと、エレノアも退席した。

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