悠久の時の彼方へ～赤壁炎上｜リアクション

悠久の時の彼方へ～赤壁炎上

「……来たな」
　降伏の船団は、ついに魏軍の弓兵の射程圏内に入った。最前線の兵士が警告する。
「止まれ！証の立てられぬ者は近づいてはならん！」
「無茶言うな！」
　刀が大声で返答した。
「今戻ったら、岸にたどり着く前に射殺される。さっき向こうから大量の矢を射かけられたのを見ただろう？俺たちの船は、そうさせるだけの価値があるものを載せてるんだ―――話を聞くくらいはしてくれてもいいんじゃないか？」
　確かに、船団が矢を浴びている様子は見えていた。刀の策が功を奏し、弓兵たちは矢をつがえた弓を下ろした。刀は畳み掛けるように続ける。
「こっちで腕を振るった方が高く買ってもらえそうだったから、さっき射られた矢で当たりそうなものは全部斬って落としてみせた。あの程度造作もない、この腕買ってみないか？無論前線でいい、俺の価値を証明できる！」
　信用を得た一行は白旗を掲げ、代表として小舟を一隻だけ敵水軍の軍船に横付けした。かがり火のもとで、尾鎌蛇那伊が偽の降伏の書状を読み上げる。

「私めは、身動きがとれぬ黄蓋将軍になり代わり、降伏を申し入れに来た者です。降伏の意思を信じてもらうためにも、魏軍の皆様に贈り物がございます。垓下の戦いにことよせ、ささやかな奏楽も準備しております」
「良かろう、許す。ただし船に運び入れる前に検分する」
　前線指揮官の許可を得て、残りの小舟を近づける。矢と弓兵を潜ませた小舟だけはタイミングを遅らせる。

火に巻かれないよう、少し離れた水上では、銅鑼の音とともに奏楽が始まった。静かな川面に音楽が響き、近くの船の水兵たちの注意が引きつけられる。
「少しでも、別働隊が近づく助けになればいいけど……」
　突入部隊よりは多少安全な位置にいるものの、松谷洋志の緊張は高まった。

　貢ぎ物を検分するために、数人の兵士が小舟に乗り込んできた。
「この瓶の中身は酒に違いない……あとはこの藁の山をあらためる」
　実行の瞬間まであとわずか。最後までことが露見しないよう、奴隷に化けたナタリア・シシロヴァは時間を稼ぐ手に出た。
「私が覆いを取ります」
　ボロ布の間から僅かに白い肌が見え、その兵士は一瞬気を取られた―――