悠久の時の彼方へ～赤壁炎上｜リアクション

悠久の時の彼方へ～赤壁炎上

　ちょうどその時だった。
　降伏の使者や貢ぎ物の奴隷に混じり、目立たないようにしていた灯斗南は、顔を隠した状態のまま藁の山に手を伸ばした。ろっこんの力で放たれた火は、油の染みた藁に瞬く間に瞬く間に燃え広がった。
　魏兵が反応する前に、打ち合わせ通り燃料を積んだ小舟が突進していった。同時に、矢を隠してあった小舟からは矢継ぎ早に火矢が放たれた。

「始まったね」
　日暮ねむるは、火計が実行に移されるタイミングを見計らい、自分の潜入した船の帆柱によじ登ると、寝子高の制服のベストを剣に結びつけ、帆の上に突き刺した。潜入した味方の避難場所の目印である。この船だけ放火の対象から外しておいて、味方を火に巻かれないよう逃れさせるのだ。
　打ち合わせ通り、一箇所で火の手が上がるのが分かった。ねむるは川の水面を見て、迎えに来た飛吹勘助を探す。
「悪いが炎は苦手でね。僕ができるのはこれまでだよ」
　ねむるはそう言い残すと、川面に飛び込んだ。

「しっかり、つかまって……」
　勘助はねむるを背中に捕まらせ、対岸に向けて泳ぎだした。

「クルクルマジック！」
　クルジッカ・ヘルマゴルは、ろっこん〈魔女の見えざる手〉を発動させた。積み込んできた酒、油、藁などを操って広範囲にばらまき、火が燃え移りやすくするのだ。さらに、手近なものをぶつけたり足場を崩したりして、消火作業中の兵士を妨害する。
　小舟に積まれた油の瓶に灯斗南が火を放つと、すかさずクルジッカが念動力で敵船に向けて飛ばす。ただし、寝子高制服のベストの旗が目印になっている船には、火がつかないように注意する。
「目印は、妙な服を掲げた船だぞ！」
　風雲児轟の役目は、仲間を護衛しつつ脱出用の船まで誘導することだ。
「もたもたしてたら火に巻かれちまう……」
　クルジッカの念動力で空になった小舟ができたので、丸腰の人足たちを避難させたが、全員を対岸まで運ぶことはできない。ねむるがベストを目印として残した船を見つけると、轟は小舟をそこに付けるよう指示した。
「乗せてくれ！『ネコシマから来た』者だ！」
　轟は船上の兵士に向かって打ち合わせ通り合言葉を言った。
「俺の指示通り船を動かせば、命だけは助かるぞ！」
　ねむるの流した噂に加え、奇襲騒ぎで完全に戦意をなくしていた荊州水軍の兵士たちは、それを聞いてあっさりと彼らを迎え入れた。
「戦衣着装！」
　船に乗り込んだ轟は、今度は自分自身が目印になるため、ろっこんを発動して『ザ・ストレイト』の姿になる。誰が見ても目立つ格好になった轟は、松明を掲げて帆の上で仁王立ちした。