悠久の時の彼方へ～赤壁炎上｜リアクション

悠久の時の彼方へ～赤壁炎上

　邪衣士は、孔明たちに頼んで用意してもらった祭壇の上で、じっと集中力を高めていた。天候を操れると言ってもごく局地的な影響だ。火の手が上がった瞬間に風を呼び、最大限の効果を上げるしかない。
　士の集中を切らさないために、周瑜や孔明らは話しかけたり、督促したりすることはない。だが、東南の風が吹けば決定的な打撃につながることから、遠巻きに士の様子を注視している。
　鐘の音が三回聞こえた。物見櫓から、火が放たれたのが確認されたのだ。
「さて……」

士は、満を持して指を鳴らした。
「それじゃあ、起こしてやろうか。奇跡って奴をさ！」

　火の手が上がったどさくさに紛れて、ナタリア・シシロヴァはボロ布を脱ぎ捨て下着姿で長江に飛び込んだ。予想はしていたが、やはり水の冷たさが堪える。
　轟の姿を認め、ナタリアは脱出用の船まで泳ぎ、船べりに手をかけた。
「ネコシマから来ました」
「あら、ナタリアちゃんね」
合言葉を聞いて手を差し出したのは、先に乗り込んでいた尾鎌蛇那伊だった。
「助かります」
「いいのよ、お芝居ご苦労様。あら、そんな格好じゃ風邪引くわ」
　ナタリアは、蛇那伊の差し出した上着を受け取る。
「スパスィーバ（ありがとう）」

「さて、肝心の火攻めだけど……」
　蛇那伊は、放火されて混乱している数隻の軍船の方を見た。
「斗南ちゃんやクルジッカちゃんのおかげで混乱は起こせてるわ。でも、決定的な打撃にはまだ―――」
　その瞬間のことである。
　東南方向から、一陣の強風が吹いた。