悠久の時の彼方へ～赤壁炎上｜リアクション

悠久の時の彼方へ～赤壁炎上

「北の方面からの兵士は、水に慣れていないと存じます。船同士を近づけて鎖でつなげば、揺れは軽減し船酔いに悩むこともなくなります。この地方の習慣です」
「なるほど……鳳雛の名は伊達ではないようだな、よく物を知っておる」
　この時代の最大の実力者、曹操を前に、龐統と壬生由貴奈は身をかがめている。龐統に、曹操との謁見の場へ連れてきてもらったのだ。
（曹操は正直怖いねぇ……桶狭間の時の信長とは訳が違う。言葉選びつつ納得させなきゃね）
　曹操は、感情の起伏の激しい激情家だったという。しかし今は、俊才の誉れ高い龐統が献策に来たことで、機嫌を良くしているようだ。
「ところで、この者も申したいことがあるようです」
　龐統に水を向けられ、由貴奈はつとめて冷静に口上を述べた。
「曹操様、鎖の他にもうひとつ……各船に油か火種になるものを置くことを提案いたします。今宵、赤壁には強い『西北の風』が吹くからです」
「この季節に西北の風だと？聞いたことがないが」
「些か季節外れとお思いになると思いますが、地元の者は毎年この風に悩まされております。これを利用し、敵方に火矢を浴びせるための策でございます。仮に風が吹かずとも、数に勝るこちらが矢の雨を降らせれば、相手の戦意を折ることなど容易いですが……備えあれば、です」
「ふむ……龐統、この策をどう思う。この者が申すことは本当なのか」
　曹操に問われた龐統は、涼しげに答えた。
「この者は女ながら学問を修め、特に気象天文に通じているのをよく存じております。この者の言うことは一考に値するかと」
（―――！）
　平然と、しかも即座にはったりを述べる龐統の度胸に、由貴奈は内心舌を巻いた。果たして、曹操は龐統を信じたようだ。
「これらの策、軍師に諮っておこう」

「正直、三国志の行く末なんてあんま興味ないけど。勘助君の願いは叶えてあげたいし、死なない程度に頑張るかねぇ」
　日暮ねむるは、自然体のままそう言うと、軽く伸びをした。
「ありがとう……。いきなり、三国時代に、飛ばされて……。戦に、巻き込まれて、正直、怖い、けど……」