悠久の時の彼方へ～赤壁炎上｜リアクション

悠久の時の彼方へ～赤壁炎上

「黄蓋将軍！お目通りが叶い光栄です」
　尾鎌蛇那伊は、うつぶせで横になっている黄蓋に対し、拱手の礼をした。左手で右の拳を包む、中国式の敬礼である。孔明の計らいで、黄蓋との面会が叶ったのだ。
「儂の方はこの姿勢のままで失礼する。情けないことに、動くことも叶わん……。このざまを補う策があると聞いたが」
「はい、将軍の持病の腰痛を逆手に取り、主君を諌めたところ身動き出来ぬほど痛めつけられ、腰痛と偽って療養していることにしましょう。そして、代理の使者を向かわせることにするのです。願わくば、使者の役割と火計に使う舟の支度をたまわりたく」
「成算はあるのであろうな」
　黄蓋の問いかけに、一緒にいた御剣刀が口を開いた。
「曹操軍が納得できるような口実と演出がないと、降伏したという信用は得られないだろう。口実に関してなら、曹操の軍勢を見て怖気づいた、とか孫権・劉備の連合軍に嫌気がさした、とかでなんとかなる。ただ、この状況下で相手がそれを信用してくれるか、となると難しいだろう」
「もっともじゃ。ならばどう演出する？」
「味方の連合軍の側から、裏切ったと思わせる演出をする。曹操の水軍に近づく途中の船に、矢を射ってもらおう」
　刀の提案に、蛇那伊は驚いた。
「確かに敵は降伏を信じると思うけど……刀ちゃんの策は、味方に危険が及ぶわ」
「味方を怪我させないよう、俺も対処する」

　松谷洋志は、一連のやりとりを聞きながら考えをめぐらせていた。
　いきなり古代中国に連れてこられて、赤壁の戦いに巻き込まれて……。勝つ方の孫権側にいるので死ぬ可能性は低いが、逃げ出したくなる状態には変わりない。

（はぁ……勝たなきゃ帰れないんですよね……戦うことはできないけど、作戦を考えてみます）
「えっと、曹操軍の目を川の方に集めておいて、陸側から攻めるのはどうでしょう？」
「どういう作戦だ？」
　刀の問いに、洋志は答える。
「偽装降伏の前に、一部の兵士を船で密かに対岸に渡らせます。船の数が減っていることは曹操軍にもわかるようにしておいて、船や兵の移動を脱走が起きているせいにします。そうして、攻撃の準備であることを隠します」
　反応を伺いながら、洋志は続けた。
「それから、兵士が逃げ出しても戦いをやめない主君を見切ったといって降伏を申し出ます。偽りの降伏のとき、『垓下の戦いの四面楚歌の故事のように、降伏の手土産として呉の歌を聴かせましょう』と言って、楽団を乗せた船を送り込みます。お酒を献上してもいいでしょう。派手な飾りや大きな音で曹操軍の気を引くには、新月の夜がいいかも……」
「新月の夜なら、間もなく来る」
　黄蓋が口を挟んだ。
「そして、曹操軍の将軍たちや兵士たちの気を引いた頃合いに、劉備・孫権連合軍は背後からの攻撃の準備を固め、火計とともに襲いかかって混乱させればいいと思います」
「別働隊を割くのは悪い考えではあるまい。周瑜に話をつければ、あるいは……」
　休んでいるとはいえ、歴戦の老将軍には威圧感があった。緊張に耐えられなくなった洋志は、思わず弱気になって言った。
「あの……もう下がっていいでしょうか？」

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