天使が瞳をひらくとき｜リアクション

天使が瞳をひらくとき

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色とりどりの花束を手に、御巫時子は狐達のもとを目指して九夜山を歩く。
その途中、視界の外れを覆う一面の白薔薇にふと気づいて、彼女は足を止めた。
「……教会？」
白に埋もれるように、ひっそりと。こんな所にあるなんて、今まで気づかなかった。
辺りをそっと見回してみても、他には人影一つない。
ただ一人――いや、一つ。白薔薇に囲まれて立つ、天使像を除いては。
花束は抱えたまま、時子は天使に歩み寄る。天使に対して、「恋のキューピッド」なんてイメージがあるからだろうか。
心に浮かんだ願い事は、好きな人の傍にいられますように。
少しでも、好きな人の役に立てるようになりたい。
傍に居るだけでこんなに幸せな気持ちになれたのは、初めてだから。
（……いつか、この恋が叶いますように）
瞳を閉じて、そっと祈る。鳥が囀るように、そっと……そっと。
祈る時子の心が思い描くのは、好きな人の表情や仕草。いくつもいくつも、思い浮かぶものは尽きなくて。
学校で会えるのに、休みの日でも会いたいと思ってしまう。
そうして出来れば、幸せな未来を――。
その時、ふわりとそよいだ風に紛れるようにして……天使の瞳が、そっと開いた。
そうとは気づかず、祈りを終えた時子が開いた瞳には。
「先生？」
落ち葉の舞うどこかの公園、並んだベンチのそのうち一つ。
並んで座る時子と、彼女の好きな人の後ろ姿。何かを話しているようだけど、その内容はよく聞こえない。
だけど、楽しく話をしているのだろう――それだけは、時子にもわかった。
自分の横顔は、とても幸せそうで。好きな人の口元も、緩い弧を描いていたから。
――突然、横手から強い風が吹き付ける。それに乗って飛んできた真っ白な花びらに、時子は思わず目を覆う。
風が止んで、時子が再び瞳を開いた時。
公園の風景は、白薔薇に覆われた廃教会に変わって……いや、戻っていた。
ただ一つさっきまでと違うのは、足元がなんだか暖かいこと。見れば、もふもふした狐達が、囲うようにして寄り添っていた。
狐達の毛が触れる感覚に少しくすぐったさを覚えつつ、時子は小さく笑みをこぼす。
「ありがとうございます、狐さん」
動きますねと彼らに告げて、時子はまた歩き出す。そうして向かったのは、彼らのリーダーの眠っているお墓。自分にとっての先生にあたるのは、彼らにとってはリーダーなのだろうか。そんなことを思いながら、
「今日は、お墓に花を供えるために来たんですよ」
お墓に花束を添えた。
手を合わせる鼻先に、花の香りがふわりふわりと漂う。鼻をくすぐるこの芳香が、向こうにも伝わっていればいいなと思う。
ぶるっ、と。不意に肩が小さく震えた。そういえば、少し肌寒くなってきたような気がする。
「狐さんは寒くないですか？」
問いかけに応えたのは、短い鳴き声。手を伸ばすと、向こうの方から膝に飛び込んできてくれた。時子の唇に、微笑みが浮かぶ。
赤ん坊を抱くように優しく狐を膝に抱えると、狐の温もりと感じ取るようにゆっくりと撫でる。気持ちよさそうに目を細める狐の姿に、また笑みがこぼれ落ちた。
そんなことをしているうちに、気付いたら時子も、狐も、花束も、お墓も、朱色に染まっていた。この季節、日が暮れ始めるとあっという間だ。
「またお花を持って会いに来ますね……」
ふわりと微笑んで、名残惜しげに優しく狐を抱きしめた。