【演目その２　キャットロード即興劇団編！】

　時刻は移って放課後の、そろそろ夕暮れ時という頃合い。野々 ののこはご満悦といった様子で、キャットロードのアーケードの下を、友人たち数人と歩いておりました。
「そんなことがあったんですね」
　綾辻 綾花は、休み時間に繰り広げられたというラブコメごっこの様子を臨場感たっぷりに、楽しそうに語って聞かせてくれるののこに、微笑ましく笑います。
「即興劇なら、私も演劇フェスティバルで演じたことがありますけど。恋愛ものとなると、また違った楽しさがありそうですね」
「うんうん！　私もみんなも、ほとんど演技なんてしたことないからねー。わたわたしちゃって、でもそれも面白かったなー♪」
　想像してみますと、ドタバタとした教室での一幕が、ありありと目に浮かぶようです。
「恋愛ものねー。恋愛かー」
　ぽつり、なんとなーくトオイメをしながらため息まじりにつぶやいたのは、桜庭 円です。
「ボクのは、しばらーく停滞中だなぁ……」
「あら。円さん、気になる人がいるとか……？」
　ふにゃあと眠そうに鳴いた、円の愛猫にゃーくんの首をちろちろと撫でてやりつつ、綾花が尋ねると……ふっ。円はなんともこう、深みのある表情で肩をすくめました。彼女も女の子でありまして、ちょっぴり気になる相手がいたりもするそうですけれど、どうやらこのところの進展はと言いますと、残念ながらあんまり芳しくない模様です。
　きらりん！　そんな円の様子に、瞳を輝かせたのは、ののこです。
「じゃあさっ、練習とかしてみる？　即興劇、してみちゃう？」
「えっ」
　そう、これって、どっかで見たパターン！
「あ、面白そうですね！　やってみましょうか」
　けれど綾花も、乗り気！　実のところ、なかなかに演技達者でもある彼女です。さっきのののこの話を聞いて、うらやましいなー、なんて思っていたのかもしれません。
　当の円にしても、突然そんなことを言われて、慌てふためいてしまうでもなく。
「ラブコメかー、難しそうだけど。やってみよっか！　じゃあボクは、先輩に片思いしてる後輩ー、みたいな役とかどうかな」
「いいねいいねー！」
　きっちりと自分の役柄まで決めて、やる気十分！　だったりしました。
　友人たちは反応良好、ののこも喜々として、
「私は何にしようかなー？　さっきはヒロインやらせてもらったから、今度はねー……『ヒロインのお友達』で！　綾花ちゃんはどうする？」
「そうですね、それじゃ……円さん、少しだけ、にゃーくんを預からせてもらっても良いですか？」
「おっけー！　にゃーくん行っといでー」
　にゃーん！　優しい仕草でにゃーくんを抱き上げまして、綾花も役柄を決めました。
「『いつも猫を抱いている、謎めいた友人』役で。ちょっとミステリアスな雰囲気で、恋のアドバイスをしたりするんです」
「おおっ、いいかも！」
「じゃ、にゃーくんは今回、そのお供の役ねー」
　と。
　盛り上がる女の子たちをよそに、何となーくイヤーな予感を感じておりましたのは、並んで歩いていたサキリ・デイジーカッターでありました。お得意の刃物を店先で物色中、という体で、即興劇への参加は遠慮しておきたい……なんて思ってましたら。
　何やらさらさら、さらりとメモを書き付けたののこちゃん、笑顔でしゅばっとサキリへ手渡しまして、
「はいっ、これ！　サキリ君の役ね！」
「……拒否権とか、無いんだな……って、これ主役じゃないか！」
「そうだよー、サキリ君が『ツンデレな先輩で主人公』、円ちゃんが『片思いの後輩ちゃん』、なラブコメだよ！　面白そうでしょ？」
　メモ書きによる役柄指定で二の句を継がせず、というこのゴーインさには、サキリもひとつ、はあ。とため息。
　とはいえ。彼もまた、これが意外と、何が何でも断る！　というわけでも無かったりしまして。
「まあいいさ、分かったよ。やるからには、全力で挑戦しようじゃないか」
　実は彼、演技にはちょっぴり、自信があったりするのでした。



　というわけで、お買い物中の主婦の方々やら学校帰りの学生さんやら、ギャラリーにも事欠かないこんな状況で。
　即興ラブコメ第二幕、スタートッ！
「『サキリせぇ～ん、ぱいっ！』」
　むぎゅっ！　と円は、サキリの腕を躊躇なく抱き込み、見事なまでの猫なで声！　ちなみにこの豹変っぷりは、先ほど円ちゃんが一心に唱えておりました、
「ボクは後輩、ボクは後輩、先輩が好きな後輩……ぶつぶつぶつ」
　といった、自己暗示のたまものでもあったかもしれません。ともかく彼女、ヒロイン役を熱演！
「『こんなところで、偶然ですね♪　何してるんですかぁ？』」
「『あ、ああ。そう、ただの偶然。偶然だぞ！　べっ別に、お前のことを探してたとか、そんなんじゃないんだからな！』」
　対するサキリも、これまた絵に描いたようなツンデレ男子！　ぷりぷりとして不機嫌そーな、でも何となくまんざらでもなさそーな、そんな複雑な表情をびしっと演じてしまうあたりは、普段から刃物マニアでワイルドな本性をひた隠しにしているためでありましょうか？
　少し離れたところでは、ニヤニヤとした顔でそれを眺める、友人ののこ。それに、抱っこしたにゃーくんの頭をくりくりと撫でている、ミステリアスな空気を漂わせる綾花。
「『円ちゃんとサキリ先輩ってば、いっつも仲が良いんだから～』」
「『ふたりとも、素直じゃないわね。早く気持ちを伝えてしまえば良いのに』」
「『周りからはバレバレなのにね～』」
　円の役は積極的に見えて、肝心なところで流れをはぐらかしてしまうという、そんな明るくも奥手な女の子。片やサキリは、普段はクールなのに、好きな女の子にはあえて突き放してしまうという、ツンデレな先輩。そんなふたりの関係にやきもきしつつも、友人たちが彼らをあたたかく見守っている……なんて、どうやらそんなシチュエーションであるようです。
　と、そんな時。ふとののこが、演技のさなかに、こちらへと届く熱い視線に気づきます。
「おおっ、あれは……！？」
「『円ちゃんには、あともうひと押しが必要ね。サキリ先輩も、もう少し……』、どうしたんですか、ののこちゃん？」
　綾花もまた、気付きました。どこかうらやましそうに成り行きを見つめる、この眼差しの持ち主は……西川 夕莉！
（……良いなぁ。私もあそこで、一緒に演技ができたら……）
　彼女も綾花と同じく、かの演劇フェスティバルでは賞をもらうほどに熱のこもった演技を見せた、演劇には一家言アリな演劇少女なのです。道端での即興劇に、いてもたってもいられない！　といった様子の夕莉へ、ののこは、にぱっと笑顔を浮かべまして、ちょいちょいっと手招きをば。
　一緒にやらない？　なんて、ののこの合図に。夕莉は、ぱあっと嬉しそうな顔……けれどすぐにも自分の役柄を決め、即座に表情を作ってみせると。即興劇へ、乱入！
「『ねえ、聞いてよののこ～～～！』」
　わあん……！　なんてお見事な泣きマネを披露しつつ、彼女は、がばっとののこへ抱きつきます。
「『私、またフラれちゃうかも～！　前に話したあの人、別に好きな人がいるんだってぇ～！』……なんて。私もお邪魔させてもらいますね」
「うんっ、大歓迎だよー！　『ええっそうだったのー！？　でも、まだ諦めるのは早いよー。ねっ綾花ちゃん！』」
　こくり、と綾花も仰々しくうなずきながら、目線ではもちろん、夕莉の参加を歓迎しております。
「『そうね、まだ分からないわ。って、この子も言ってるもの……ね、にゃーくん？』」
　にゃおう！
　お友だちの演技を受けてか、イチャイチャ、ツンツンな演技にも磨きがかかる、後輩円とサキリ先輩。
「『先輩、買い物中だったんですか？　ダメですよーお肉ばっかり食べちゃ、お野菜もちゃんと食べないと！　あっ、そうだ！　今度、私が作りに行ってあげちゃおっかなぁ？』」
「『なっ……！　い、いやまぁ、なんだ。その……そういうことなら、た、食べてやらないこともないけどな？』」
　夕莉は心底、本当にうらやましそうな表情を浮かべながらに、
「『あのふたり、いっつも仲が良くって……はあ。妬けちゃうな～……』」
「『でも、あれでまだ付き合ってもいないのよね』」
「『ええっ、ウソ、付き合ってないのー！？　あれで！？』」
　ため息は大き目、驚くさまも意識して、ちょっぴり大げさに。まるであのまぶしいステージの上で、のびのびと役柄を演じるかのように、もちろん彼女、本気です！
　気付けば周囲には、多くのギャラリーがわいわい、がやがやと集まりだしておりまして……即興劇は、学生のお遊びとしてはやけに見応えのある、ちょっとした路上パフォーマンスのような様相を呈しておりました。