【演目その１　寝子島高校教室劇団編！】

「つまり……どういうことなんよ？」
　わけもわからないままに駆り出されてしまった絢霧 満が、ぽつりとそんな風につぶやいたのも無理は無いのです。
　何せクラスの枠までも越え、無作為に声をかけまくっております、野々 ののこちゃん。ノリとイキオイでどばーっ！　とまくしたてるばかりでして、ロクな説明もありませんもので。
「即興劇をやりたい、っていうことみたいだよ」
　苦笑いしつつも、天之川 麗仁がぱらりと開いて見せてくれたのは、マンガ雑誌の定番、週刊少年にゃんぷ。見開きページにででんと踊るタイトルは、『恋するらっかみさまっ！』。通称コイラクです。
「……ラブコメ？」
「うん、恋愛とか良く分からないから、実際にやってみようって……僕もそういうのは分からないんだけどね」
「その割に、なんでそんなにノリ気っぽいんよ？」
　いきなり教室に引っ張り込まれて右往左往しております満に比べ、確かに麗仁はどこか、その即興劇とやらに前向きな姿勢が見えました。
「演劇部の性……かな」
　きらん！　ちょっぴり瞳を輝かせ、彼は言うのです。良いトコ育ちでちょっぴり世間知らず故の好奇心、というのもあったのかもしれません。
　そうこうする間に、ののこがぱたぱたと駆けまわって集めた面々が、教室へとぞろぞろ、ぞろり。
　大好きな友人の頼みとあって、いつもののんびり気質にもやる気を覗かせておりますのは、夢宮 瑠奈です。
「分かったよ、ののちゃん。じゃ、あたしの役はね……ののちゃんの『趣味仲間で部活が一緒の親友』、って感じでどうかな？」
　ぱっちりウィンク！　心の準備も万端であります。
　隣では水守 流が、
「え、俺も参加するの？　『主人公の悪友』役で？」
　と言いつつも、彼もお誘いを拒否することはなく。
「ま、面白そうだしな。やるからにはノリノリで、楽しんでみるか！」
　メンドーくさがりの割に、参加を快諾！　なんて案外、前向きに参加してくれる人は、けっこーいたりするのでした。これもののこちゃんの人柄というものでしょうか？
　とはいえもちろん、いささかゴーインな彼女に突然役など振り分けられて、戸惑う面々もいるにはいるのです。
　飲み物でも買いに行こうとしたところで捕まった、千鳥 雅人。それに休み時間にのんびりとくつろいでいた、桐生 唯。ふたりはそれぞれに、
「ええっ？　『主人公の友人』で、告白を応援する役……って、俺だって、本当の恋愛なんてしたこと無いし……」
「わ、私は、『ヒロインの友達』で……マイペースな食いしん坊キャラ、ですか？　あのう、野々さん……それはちょっとあんまりでは……」
　ぴこぴこ、雅人のアンテナは頼りなげに揺れて、唯も戸惑いに眉を下げましたけれど。
「だいじょぶだいじょぶ、みんなで楽しもうよ♪　あっ、ねえねえー！　ラブコメごっこしようよー！」
　と元気に参加者を増やしていくののこへ、どうやら反論の余地は無さそうなところを見るに、はふぅ。とため息ひとつ。
「「やるしかないかな……」」
　なんだかんだでやってくれるようです……なんて優しいんでしょう！
　続々と外堀が埋まっていくのを受けて、仕方なくと言った風情ではありましたけれど。満もまた、
「わ、分かったんよ。じゃあ俺は、『主人公の友人Ｂ』とかで！　ほら壁から覗いて、いけー！　やれー！　とかギャーギャー言う感じの……で、そっちは何役なんよ？」
「僕かい？　僕はね……」
　と尋ねた相手は、麗仁です。一応流れとして、『ヒロイン』役はののこ、『彼女に告白する主人公』役は麗仁、といったところで割り振られてはおりましたけれど。
　……これも彼のいわく、演劇部の性！　というやつでありましょうか？
「……未知のウィルス兵器によって、人類の八割が死滅してしまった世界……」
「えっ」
　ぱちくり。突然始まったそんな口上には、その場にいた皆さん、揃って目をしばたかせております……えっウィルス？　ラブコメで？
「感染者の死体は凶暴なゾンビとして蘇り、生存者へ噛みつくことでその数を増やしていく……人類最後の生き残りである主人公とその仲間たちは、学校へと立てこもる。しかし、校舎内へもやがて感染は広がり始め、仲間たちも次々とゾンビになってしまい、次第に追い詰められていく主人公とヒロイン……！　彼は自分自身と、そして愛する彼女を守るため、勇猛果敢にもバット一本でゾンビたちに立ち向かい、ばったばったと薙ぎ倒していく……！　『っていう妄想に取りつかれてる男子高校生』役」
「「「特殊すぎる！？」」」
　彼、このところホラー映画にハマってるそうでして！
　総ツッコミが入りつつも、気付けば、
「あっはっはっはー！！　麗仁くん、それ最高ー！　それでいこう！」
　ののこちゃん、大爆笑！　お墨付きが出てしまったもので、麗仁の役も大決定と相成ったのでした。



「わっわわわ、私が、やっやっ役を……！？　『ヒロインの友人』役で！？　えっえっ、待って、待って……！」
「うんうん、一緒にやろー！」
　ゴーイン・ののこオファー！　にわたわたわた、照れまくりで慌てまくり、な千堂 結。
　たまたま居合わせた羽生 碧南とともに、
「で、私は『ノリの良いヒロインの友人』ね。大丈夫大丈夫！　学園ラブコメなら、乙女ゲーの定番……私もやれるわッ」
「なっ何が大丈夫なのー！？」
　なし崩しに参加決定！　だってののこちゃん、断る隙すら無いんですもの……！
「なるほど。じゃあ俺は、野々を……じゃない、『ヒロインを放っておけなくて、何かと世話を焼く級友』。というところかな」
　と言って参加を表明した八神 修にとって、ののことの関係性は、割と役柄そのまんまだったりしますけれど。彼女を神さまなどでは無くひとりの女の子として尊重し、サポートしてあげるのがその立ち位置というものでして、彼もまた演じるのを快諾してくれました。
「でっでも私、演技なんて全然やったことないし、上手じゃないし……」
「別に、良いんじゃねえの？」
　と、心の決まらない結の背中をぽんと押したのは、鵙海 甫です。
「楽しんだもん勝ちだろ。面白そうじゃん、俺らもやってみようぜ！」
　なんて、クラスメートの甫が良い笑顔で言ってくれるもので。結も思わず、
「う、うう。鵙海君がそう言うなら……や、やってみよう、かな……」
　うっかり承諾！
　もっとも甫自身は、どちらかと言いますと、
「よし！　じゃ、俺は『告白を後押しする友人役』なー」
　そんな彼らを茶化したりするのが面白そう。というのが、参加の理由だったりしましたけれど。
　とにもかくにも、ののこちゃん。
「ふっふっふー、これで役者は揃ったね！」
　ずらりと教室に集まった、豪華キャストな面々をぐるりっと眺めまして、
「それじゃ、いっくよー！　はいっ、アクションっ！！」
　そんなわけで、ラブコメ即興劇がここに、幕を上げるのでありました……！



　……という彼女らを、壁の向こうから覗き込んでおります、木野 聖華。
「へー、ラブコメ即興劇ねえ。おっもしれーコトしてンなあ」
　にいっと笑みを浮かべた彼女……その手元を見れば、カウベル。ギロ、ビブラスラップ。ウッドブロック、トライアングル、カズーなどなど……あまり見慣れないものも含めまして、そこにはいくつもの手持ち打楽器が。放課後の練習に備えて運搬中であったそれらが、きゅぴーん！　聖華に、ひとつの閃きを呼び込みました。
「ちょうどパーカス運んでるトコだったし。ここは１年のお遊びを、効果音でも付けて盛り上げてやるとすっかな！」
　後輩思いな先輩の、粋なはからい……というわけでは無いようです。なぜなら彼女、教室の外から、コッソリ気付かれないように覗き込んでおりまして、
「どこからか聞こえてくる、タイミングバッチリな効果音にビックリするが良い……うっしゃっしゃっしゃ！」
　演出していただけるのはありたがくも、こちらはこちらで、楽しむ気マンマン！　だったりするのでした。