【本格派！】

「うわぁ……思ったよりきっついな、これ」
　学校帰りに何故だか、衆人環視の中でラブコメなど演じているという、この状況。びしばしと突き刺さりまくる注目の視線に、サキリ・デイジーカッターは思わず小声で、ぽつり。
「恥ずかしいを通り越して、死にたくなるね……」
「そうかなー？　ボクはけっこー、ノッてきたかも！　『先輩、何が食べたいですか？　私、何でも作ってあげちゃいますよっ！』」
　頼もしい桜庭 円、ノリノリでいじらしく可愛らしい後輩ちゃんを演じております。
　とはいえもちろんサキリも、彼女に任せてばかりではありません。
「『一緒にいるだけで、どうしてこんなにドキドキするんだ……！　クールにならないと、クールに……』」
「『何か言いましたかぁ？　せーんぱいっ♪』」
「『な、何でもない！　ええと、食べたいモノはだな、そうだな……』」
　なんて付かず離れず、くっつきそーでなかなかくっつかない、あまずっぱーいラブコメ感！　を見事に表現……と。
　彼らの即興劇はいかにも楽しそうで、途中参加希望者をぐいっと引っ張り込んでしまうパワーがあるようです……突如として飛び込んできたのは、きらっきら！　まばゆく光り輝くような、このおふたり！
「『やあ君たち、デート中かい？　お熱いねえ、でも俺たちだって負けてないよ！　ねえベガち！』」
「『彦にゃんとべがちーは最強永久不滅っ☆　だもんねー、きゃーっ♪』」
　これ、演技ですか……？　てなくらいに、イチャラブ放課後デート中な八十八旗 信彦＆瑠璃条 ベガ、ピンクオーラ全開で乱入！　もー、主役級のおふたりを食うイキオイで、テンションマックス！
「『恋は良いよ～、ふたりとも～♪　恋するって、すばらしい～♪』」
　そのまま、なんかミュージカルっぽい感じで歌い始めました。彦にゃん＆べがちー。
「『愛するって、すばらしい～♪　君がいれば～、ボクはなんでも、でき～る～のさ～～～♪』　ねっ、ベガちー！」
「きゃあーん、彦にゃんかっこよすぎー！　『わたし～、あなたに～どこまでも～、つい～て～いく～わ～～～☆』」
　今度は演奏やら効果音やらもありませんけれど、にも関わらずふたりの伸びやかな歌やら楽しい踊りやらは、まるでどこぞの夢の国のごとくに輝いておりまして。まさしくここは、ふたりのステージ！
　実のところ彼らは、最近ちょっとした出来事がきっかけで、ながいながーい痴話ゲンカが終わりを迎えた末に、なんと婚約までしてしまったところでありまして。その証に、ベガの左手の薬指にはきらきら、シルバーのプレエンゲージリングが美しい輝きを放っております。
　あんまりにもまぶしい、この光景……ののこはついつい素のままで、
「おおー！　あれが本当の、『バカップル』ってやつだね！」
「な、なんて自然な演技なの……！　参考にしなくっちゃ！」
　演劇には妥協の無い西川 夕莉も、彼らの即興ミュージカルをリスペクト！
　と、主人公のはずの、後輩円ちゃんとサキリ先輩。
「……はっ！？　いけないいけない、呑まれちゃうところだった。『せ、せんぱい？　あはは……なんか、こっちまで恥ずかしくなってきちゃいますね！』」
「あれは演技っていうか……まあいいか。『そうだな、俺たちもいつかあんな風に……い、いや、何でもない！　何も言ってないからな！』」
　ふたりに負けじとリカバリーを図りつつ、彼らも徐々に、親密な演技へとシフトしていくのです。
「『先輩、何を作って欲しいか決まりました？　決まらないなら……実はですねー。先輩にぴったりな、美味しくってお買い得！　なものがあるんですよ～』」
「『何なんだ、それって？　あ、いや、別にお前の手料理が気になってるわけじゃ……』」
「『えへへ。それはですね～』」
　円はカワイくきゅるんっと上目使いで、じいい……潤む瞳、頬はほのかにピンク色！
「『……わ、私が！　今は、お買い得ですよー！　……な、なーんて』」
「『ええっ？　お、お前、それって……！』」
　ツンデレなサキリ先輩へ、もじもじもじとうつむいて恥じらう円が、ちらり。その反応をうかがう……そんなシーンに。
「……『よぉ、おふたりさん。ずいぶんと仲が良さそうじゃねーか』」
　再びの、乱入者あらわる！



　ネクタイを緩めてボタンを外し、ラフに胸元を開け、両手はポケットへ。言葉使いもぞんざいな、ガラの悪い不良少年……そんな役柄を携え、即興劇へと飛び込んだのは、意外や意外。鴻上 彰尋！
　彦にゃん＆べがちーの、インパクト大なミュージカルセリフが流れていた頃、ギャラリーに混じりつつ彰尋が注目していたのは、脇役として確かな存在感を放っている、夕莉でありました。
（やっぱりすごいな、彼女……）
　初めて見かけたのは、あの演劇フェスティバル。演劇部の一員として、ステージの上に見た彼女の演技は、舞台役者だった祖父を持ち、自身も壇上へ強い憧れを持つ彼にも、特別な印象を残していたのでした。
（こんな形でとは思わなかったけど。一度、共演してみたいと思ってたんだ）
　そんなわけでして、この場にあってどうにか絡みやすそうな役柄を……と模索した結果が、『ガラの悪い少年役』。彰尋は意識して、少々ドスの利いた低い声を心がけつつ、
「『楽しそうだな、俺とも遊ぼうぜ。なあ』」
「『なんてこった、ヤンキーだ！　でも俺たちの愛は、誰にも～引き裂けやしないよ～、ベガち～♪』」
「『ひこにゃん素敵ー☆　あいしてる～っ♪』」
　なんてマジラブカップルが歌と踊りで盛り上げる中、ひし！　と円はサキリの腕を掴んで寄り添い、怯えた演技をば。サキリも彼女をかばうように、きりりと眉を引き締めます……もちろんみんな、途中参加は大歓迎！　きっちりと彰尋に乗っかってみせるのです。
「『せ、先輩！　私、怖いっ……！』」
「『おいアンタ、こいつに何かしようっていうなら、容赦しないぜ……って、別にお前を他のやつに触らせたくないとか、そんなんじゃないからな！　勘違いするなよな！』」
「『へっ、見せつけてくれるじゃねーか……』」
　普段の彰尋を知る人には、真逆にすぎるこの演技に驚いたことでしょう……あるいはそこに、確かな才能を感じたかもしれません。そして気になっていたのは、彰尋の一方通行では無かったようです……彼が注目していた夕莉もまた、いつかの即興劇で見た彼の演技を再び目の当たりにして、思わず、ほうっ。感嘆の息をつくのです。
（この人……やっぱりそう、あの時の。賞をもらってた……）
　ストイックな彼女、自分はまだまだ、もっと勉強して練習しなきゃ！　と謙虚な姿勢で、自身をそう捉えています。それだけに、この場には意外な才を見せる面々もいる中で、特に演技に対して真摯な姿勢が伝わってくる彰尋には、どこか尊敬の念を抱いてしまうのでした。
（演技、好きなのかな。私も……負けてられないな。よしっ）
　ぐ！　と改めて、彼女は気合を入れまして。話を広げるためにと、傍らのののこに向かって、こんなセリフを追加してみることにしました。
「『う、ウソ……！　あのね、さっき言ってた、私の好きな人って……実は、彼なの！　ちょっとガラが悪く見えるけど、不器用なだけで、本当は優しい人で……』」
「『ええっ、そうなのー！？』」
「『うん。それなのに、どうしてあんなことを……はっ！？　もしかして、彼が好きな女の子って……！』」
「『……なるほど。どうやらこの恋は、複雑に絡み合っているようね……私たちの出番かしら。ねえ、にゃーくん？』」
　隣では綾辻 綾花が、うにゃん？　と見上げたにゃーくんをもふもふしつつ、彰尋と夕莉、サキリと円を順に眺めて、ふふり。役柄通りにミステリアス、意味ありげな微笑みを浮かべております。
　ごくり……周囲の観客たちが、息を呑みます。今や忙しい奥様方も、さっさと帰って遊びたい学生も、気付けばお店の店員さんたちまで顔を揃えて、こぞって彼らを見守っておりました。何だか、大盛況！