体力をつけよう　～初冬編～｜リアクション

体力をつけよう　～初冬編～

転：水と戯れて

　――プール。

　無料開放日という事もあり、今日は多くの人が利用していた。
（予想以上に多いわね）
　深倉理紗子はため息をつきつつも体操を始める。友達と仲良く泳ぐもの、１人で黙々と泳ぐもの、恋人と仲睦まじく泳ぐもの、と賑わっている中、それでもわくわくする気持ちを抑えられない。
　理紗子は、医者である。元々医者と言うのはハードな職業であるが、それを他にしても、どうやら彼女は無理をしやすいらしい。故に過労で倒れてしまい一ヶ月ほど有給を使って休んでいた。
　１２月に入ってから復帰して現在一週間目である。現在は軽めの勤務になっており、慣らしの意味も込められているのだろう。恐らく少しずつではあるが今後ハードになっていくのは目に見えていた。
（だからこそ、体力をつけておきたい）
　そう思い休みであった土曜日にこうして泳ぎに来たのだが偶然にも無料開放日が重なっておりとても幸運な事だった。

　競泳水着に着替え、シャワーを浴びて、準備体操も終えた。早速泳ごうとゆっくり水につかればほんのりと優しい暖かさが全身を包み込む。さっそく平泳ぎをゆっくりマイペースに始めれば、なんだか学生時代に戻ったような気がした。
　中学、高校、大学と水泳を続けていたので、華奢な体の割に体力はある。だが、ここ１年ほどは病院での仕事がかなりハードで、なかなか泳ぎに行く時間もなかった。療養期間中に体調がよくなってからプールへ通い始め、体力づくりに励んでいる状態だ。
（１年ぶりでも、体は動くものね……）
　実のところ、１年も泳いでいなかった故に「もしかしたら、溺れたりして……」と不安に思っていた。けれども、彼女の体はフォームをしっかり覚えている。
（気持ちいいなぁ）
　ゆったりとリラックスした気持ちで、無心になっていく理紗子。泳いでいる間は頭の中から余計な事が抜け落ちて、水に溶けていく。泳げる幸福に満たされながら、ゆるやかに泳いでいく理紗子だった。

　そんな彼女の姿を、御巫時子は「綺麗ですね……」と感嘆の息を漏らして見つめていた。綺麗なフォームで悠々と泳ぐ理紗子は、まるで魚のように見えたのだ。
　ランニングを終えた時子は少し休んだ後、泳いでから帰ろうとここへ来た時子は、準備体操をしながらあたりを見渡していたのだ。
「あ、あれは夏朝さんですね」
　時子が別の方向をみると、寝子高の女子用水着を着た恵御納夏朝が準備運動を終えたのか、ゆっくり水の中に入っていく姿を見た。

（冬は使う機会が少ないけれど……たまには、ね）
　夏朝は水の中でうーん、と体を伸ばしながら辺りを見ると、さっそくクロールをしはじめた。あまり早く泳げない夏朝だが、体力をつけたいと思っているのでなるべくたくさん泳ごうと気合が入っている。
　水の中を進んでいくにつれて、脳裏が空っぽになるような気がした。喧騒が遠のき、水の音が夏朝の心を研ぎ澄ます。
（少しでも、強化したいな……）
　５０ｍ泳いだところで少し休み、またクロールをしながら「次は平泳ぎかな」と内心で考える。そして、疲れた時の事も考えながら、只管泳いでいくのであった。

（ん？）
　泳いでいた理紗子は、ふと隣のレーンで泳いでいた少女が気になった。あと少しフォームを改善したらもっと泳ぎやすくなるのではないか。そう思ったからである。
　一方の夏朝も、理差子の泳ぐ姿が綺麗で、フォームのコツがちょっと気になった。
「「あのっ」」
　二人とも同時に声を掛けてしまい、おかしくて思わず笑ってしまう。夏朝はそれとなくコツを理紗子に問うと、彼女は自分で腕を動かしてやり方を見せる。
「ありがとうございますっ。あ、遅くなったけど、僕は恵御納夏朝といいます」
「私は深倉理紗子よ。よろしく」
　２人は互いに自己紹介すると、しばし一緒に泳ぐ事になった。理紗子と一緒に泳ぐ事で、夏朝は何かコツを得られないかと考えたのである。