濡羽色の空と踊れば｜リアクション

濡羽色の空と踊れば

【ブラックバード】

　大天使天吏は、さして寝子祭には興味がなかった。
　というより、その日も学園祭があるなどとは露とも知らずに学校にやってきて、その結果として今回の事件の場に居合わせた。
「……カラスさんがいっぱい」
　天吏はどこかうっとりとした表情で、増殖していくカラスたちの様子を眺めていた。
　天吏にとっては、寝子祭がいつ中止になろうが、ここでどれほど怪我人が出ようが、至極どうでもいいことではあった。
　ただ愚かな人間達が逆恨みをして鳥達を攻撃するようなことは避けたかった。
　ひとまず天吏は手近な生徒に話しかけて、事態の把握を試みることにした。
「ねぇ、いったい何が起きているの？」
　天吏の言葉に逃げ惑っていた生徒の一人が「え？」と驚いたように立ちどまり、その次の瞬間には天吏の口から『カラスが分裂して大量発生している』という答えが発せられる。天吏のろっこん、《鸚鵡芝居》の効果によるものだった。もっとも天吏は自身のろっこんの発動についてまるで無意識であったのだが。
「え？」
　と、問われた生徒は、目の前の現象に戸惑いを隠せずにいた。
　が、もはや天吏はその生徒のことなど眼中にない。
（……分裂、ね。でも、たとえそうだとしても、私にはカラスさんを攻撃することなんてできない）
　天吏はそそくさとその場を立ち去ると、いつも持ち歩いてるリュックからバードウォッチング用の双眼鏡を取り出して、太陽の光を反射させて自ら囮になることで、カラスを会場から遠ざけようとすることにした。

（お願い、カラスさん。こっちを向いて）

　祈るように、願うように、天吏は双眼鏡の光でカラスの注意を引き続ける。
　やがて何羽かのカラスが天吏のもとにやってきて、彼女の頭やら手やらを突きまわし始めた。
　だが、彼女はそれには一切抵抗せずに、ただただカラスの注意を引きつけることに意識を集中し続けるのであった。

　　　＊　＊　＊

　御巫時子は、学園祭もそこそこに、いつものように鳥と楽しくお喋りをしていた。彼女は『もれいび』で鳥類と会話できるろっこん、《鳥の囀り》の使い手であった。
　と、そのとき、一羽のカラスが時子の目の前を凄まじい勢いで横切っていったかと思うと、そのまま木に激突した。
「あらあら、大丈夫でしょうか？」
　時子は心配になって、思わずカラスのそばに駆け寄った。
「え……？」
　そこで時子はカラスが二羽に分裂する様子を目の当たりにした。鳥類の知識にはそれなりに自信のある時子だったが、木にぶつかって二羽に分裂するカラスというのは初めて見た。
（分裂するカラスさん……。これはまたクローネさんが何かしたのでしょうか？）
　時子がそのような推測をしたのはごく自然なことだと言えた。
「このままカラスさんが増え続けてしまったら大変なことになってしまいますね……」
　もしそうなってしまえば、多くの者達がカラスを駆除しようとするだろう。
　それにしてもカラスはいったいどういう条件で増えるのか？
「カラスさんの身体に直接強い衝撃を与えると分裂して再生する、ということなのでしょうか？」
　時子は頭の中でイメージを膨らませていく。もっとも自分にはカラスを捕まえることなんてできそうにないが。
「……考えていても仕方がありませんね。もしクローネさんが黒幕なら、どこかで様子を見ているはず……。それなら――」
　時子は立ち上がり、『ろっこん』でカラスに変身した。

（空を飛んで探してみましょう）

　時子は空へ高く羽ばたいて、自身の行動を開始した。

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