濡羽色の空と踊れば｜リアクション

濡羽色の空と踊れば

【黒い異変】

　その頃、寝子祭の会場は大勢の寝子高生達や一般の来場者達の姿で賑わっていた。
　幸か不幸か、その活気と熱気のせいで、部室棟で起こった異変に気づいている者はまだほんのわずかしかいなかった。

　　＊　＊　＊

「いやー、みんな寝子祭を楽しんでくれているみたいでナニヨリダヨネーって、ナニアレ！？」
　志波武道がその異変に気づいたのは偶然だった。
　寝子祭の出店の宣伝で校内を練り歩いているところで、たまたま木にぶつかって分裂するフシギなカラスを目撃した。
「いやー、最近のカラスはぶつかると増えたりするんダネー……って、そんなわけがないよな」
　ふと真面目な声と表情に戻って、武道は二羽に別れたカラスの動きを目で追い続ける。
　見上げた空の向こう、部室棟の上空あたりでは、おびただしい数のカラスの群れが不吉な鳴き声をあげて跳びまわっていた。
「すみません、少し休憩貰います！」
　武道はほとんど返事を待たずに出し物の大正喫茶の軍服姿のままで部室棟へ向かって駆け出していた。

　　＊　＊　＊

「……ん？　カラス、か？」
　篠崎響也も実行委員としてドタバタ動きまわっているさなかで、偶然にその異変に気づいた。
「一羽、二羽、三羽、四羽……。やけに多いな……。部室棟の方から、か？」
　なんだかイヤな予感がする。
　気になってふとまわりを見れば見知った顔――もっと言えば、ろっこんを持った友人・知人達が部室棟の方へ向かう姿もちらほらと。
（ろっこん持ちのやつらに大勢のカラス。もしかして、こんなときにまたクローネの手の奴らか？）
　響也は思わず表情を歪める。彼は実行委員として、今日の祭りのためにあれこれと準備に励んできた。いや、実行委員だからというわけでなく、一人の寝子高生として、今日という日を楽しみにしていた。
「せっかくの祭りだ。邪魔なんてさせない」
　響也は部室棟に向かって走る。

　　＊　＊　＊

「……む？　ここはどこだ？」
　恵御納久隆は迷っていた。
　彼は、愛する妻とともに、娘の通う高校の学園祭に遊びに来ていたごくフツウの会社員だった。
　どうやら、いつのまにかうっかり妻とはぐれたばかりか、どこか変なところへ迷いこんでしまったらしい。
「まいったな。それにしてもカラスが多いな」
　そう言いながら、久隆があたりをぐるりと見まわしたときだった。
「……なに？」
　一羽のカラスが建物の壁に衝突し、二羽に分裂するというにわかには信じがたい現象をそのとき久隆は確かに目の当たりにした。
「……私は、夢でも見ているのだろうか？」
　久隆は思わず真顔のまま頬をつねる。
　筋肉質の生真面目そうな成人男性が真顔でほっぺたをつねる様子は端から見ると大変面白かったが本人は至って本気だった。
　と、そのとき、「きゃーーー！」と若い女子生徒の声が久隆の耳に飛び込んできた。
「あのカラス、生徒達を襲っているのか……！？」
　はっと我に返ったように久隆はその場から動き出した。
　悲鳴の聞こえた方へ走り、石を投げるなどして、久隆はひとまずそのカラスをその場から追い払うことに成功した。
「……怪我はないか？」
「……は、はい。ありがとうございます」
　久隆の言葉に女子生徒は涙目になって頭を下げる。
　それに久隆は頷いて、女子生徒が落ち着くのを待ってから「一つ教えて欲しいことがあるのだが」と彼女に言った。
「……え？　はい、なんですか？」

「あの建物の中にガムテープと不透明のビニール袋、それと網かネットのようなものはあるか？」

　妻と娘のいるこの場所で好き勝手をさせるわけにはいかない。
　久隆もまた彼の大切な日常（フツウ）のために、行動を開始することとした。

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