授業風景～日本史の時間の場合～｜リアクション

授業風景～日本史の時間の場合～

「もし、信長が殺されていなかったら……俺は、信長という人物からその後を想像してみたい」
　続いて発表を担当するのは八神修だ。スクリーンを使って、本格的なパワーポイントでの発表である。
「信長の特長は、まずは先見の明。部下を粛清したり、宗教を弾圧したのも不合理さを嫌うゆえだったと思う。それに、日本人で初めて天動説を理解したという柔軟性、楽市楽座や火縄銃量産のような富国強兵の経済政策。あとは、誰よりも戦争が巧かった。戦術レベルではなく、相手より戦力を揃えて戦略の段階で勝つ、これは非常に難しいんだ。
　実利主義だから、天下を取っても天皇制は潰さないと思う。天皇は京都におき、首都は愛知か京都にするんじゃないかと思う。
　続いては、世界情勢を見てみよう。桜庭は、ヨーロッパの脅威について言っていたが、俺は日本も十分対抗できると思う」
「へえ、どのへんが理由になるんだろう？」
　桜庭円が食いついた。
「ヨーロッパを帝国主義に向かわせる産業革命はまだ起こっていないし、明は国民を総動員できる体制ではなかった。東南アジアも、経済拠点として進出はしていても、植民地化はまだ。天下統一後の信長は、こんな戦略を取るだろう」
　修はスクリーンに映った資料を示す。
「東南アジアとの交易を通じて、海路と資源を確保する。続いて明を攻め、部分的に領土割譲を受ける。西洋の技術をもとに国内を発展させ、東南アジアの植民地化をヨーロッパと分け合う。大陸と南方に領土を広げる―――日本こそがアジア、とまあ、こううまくは行かないだろうけど」
「タイのアユタヤを始め、この時代東南アジアとの貿易で、移住した日本人が日本町をつくった例は多い。東南アジア方面への進出は、軍事的・経済的かは置いといて、抵抗はなかったと思うよ」
「ありがとうございます、先生。信長の統治の鍵は、凡愚なトップでも続く社会体制を築けたかだと思う。歴史を作るのは個人ではなく状況だからだ。けど、それに成功した日本は、こうだ」
　修は最後のスライドを表示した。中国大陸や東南アジア方面まで塗られた、広大な「日本地図」がそこにあった。

「日本人は内向きとよく言われるけど、歴史の歯車がちょっと狂っていたらこんな世界もあったかもしれない。本能寺の変は、日本人の精神性にも影響した出来事だったかもしれないね」
　若杉先生の短評を聞き、次の準備をしていた桜崎巴が立ち上がった。
「そう、先生の言った通りだ。あたしは、日本人の内面にまで考えを広げてみたよ」