授業風景～日本史の時間の場合～｜リアクション

授業風景～日本史の時間の場合～

「信長の先見性が何に由来するかと言ったら『合理性』だ。統治の障害となるのなら、聖地比叡山でも焼き尽くすほどの。あるいは優秀ならば、自分を一度ならず裏切った松永久秀すら茶器ひとつで許せるほどの―――恐ろしい合理性。
　効率性を重視して銃を導入した結果、物資は現地調達だった時代に、兵站という概念を生み出した。すべてが合理的だ。そのあたりは皆認めてたところだ。だが」
　巴は教壇の上から、前に発表を終えた面々を見渡す。
「その合理性は、秀吉も家康も真に理解しちゃいなかったわけだ。猿は後々慢心して欲をかきだすし、狸は統治のための精神論に重きを置きすぎた。江戸幕府の統治体制が厳しいものだったのは桜庭の言った通り。幕府の仕組みは確かに合理的だったが、次第に被統治者の理論であるはずの精神論が、統治のための理論を駆逐した……」
「朱子学のことかい。江戸時代の統治制度・身分制度を正当化する理論として用いられた―――」
　口をはさんだ若杉先生に対して、巴は答える。
「それも含め、日本人の行動原理やメンタリティ全般について言っているのさ。信長の思想が順当に発展すれば、おそらくはジョン・ロックの先取りになったろうさ。被支配者を抑圧せず、むしろ誤った支配者への抵抗権を当然と認める社会。『力があるから』ではなく、理性によって下剋上する社会だ」
「まさか……日本人が近代啓蒙思想を先取りすると？」
「そうさ。この思想が日本人に根付いていれば、物質的な差を精神論だけで補うような無謀な作戦はなかったろうね。ガダルカナル島、インパール作戦、特攻隊……太平洋戦争だけでなく、現代のブラック企業問題も同じさ。
　逆に言えば、この辺はすべて、そのころから尾を引く癌なんだ。ああ―――あたしはこの400年の悪習をぶっ壊したいね！」
「うーん……」
　若杉先生は、まじめに考え込んでしまった。
「確かに、武士道や忠孝などの道徳観念は江戸時代に発達したとされ、戦前日本でも利用された―――現代のわれわれの精神性にも関わってくるだろうな。信長の天下は、それも変えていたかもしれない……興味深い考察だったよ」
　2つ目のテーマは、巴が最後。残り時間はわずかになったが、第3のテーマの発表に移る。

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