夢で会えたら｜リアクション

夢で会えたら

【６】慟哭・１

　あたりを見回し、恵御納久隆は小さく息を飲んだ。
　そこは、三年前に家族と共にくらしていたアパートの玄関だったからだ。
（私は……息子に会える……のか？）
　胸に呟き、玄関から続く廊下の奥を見据える。
　夢の噂を聞いた時、彼が真っ先に思い浮かべたのは、三年前、この世に産まれ落ちることなく逝った二人目の子供のことだった。
　仕事で、それまで住んでいた土地とは離れた場所に赴任することになった彼に、妻と娘も同行し、恵御納一家はこのアパートでくらし始めた。
　ここに越して間もなく、妻の妊娠が判明した。
　彼は妻子やお腹の子に負担をかけないよう、早く帰宅して家事などを手伝いたいと望んだが、現実はなかなかそうも行かず。
　そのうち彼は、海外出張に行くことになり、妻の身を案じながらも旅立った。
　妻が流産したという知らせが来たのは、あと三日ほどで日本に帰れるという日の夜のことだった。
　彼は予定を切り上げ、即座に日本に帰ることを望んだが、会社勤めの身にそれは許されず――戻れたのは結局、予定よりわずかに一日前のことだった。
　それ以来彼は、全てが自分のせいだと、自分の罪だと考え、一人後悔の日々を送っていた。
　だからこそ、たとえ夢であっても会えるなら、会って謝りたいと、そう思ったのだ。
　写真はなかったが、名前は考えてあった。検査で男の子だと判明していたし、予定日は冬だったから、それにちなんだ名前にするつもりだった。
　その名を紙に書いて、噂で聞いたとおりにしたあと枕の下に入れて眠った。
　そして今、彼は夢の中だ。
　と――。廊下の奥から軽い足音が響き、三歳ぐらいの男の子が現れた。
「……！」
　久隆は、思わず息を飲む。言われなくても、その男の子が自分の息子だと、すぐにわかったからだ。
「パパ！」
　男の子は、彼を見つけると満面の笑顔で叫んで、駆け寄って来る。それを思わず抱きしめようとして、久隆は動きを止めた。
（私にこの子を、抱きしめる資格があるのか……）
　あるはずがない、ともう一人の自分が呟く。この子を守れなかったのは、自分なのだ。
（そうだ。あの時、私が海外へなど行かなければ……妻の病院に、付き添っていれば……）
　検診で病院に行った帰り、妻は高台の階段から転落したと聞いている。だからこそ。身重の妻に、一人で行動することを与儀なくさせた、自分に腹が立つのだ。そして、後悔ばかりが募るのだ。
　彼は、玄関に膝をついた。そのまま、深く土下座する。
「……すまない」
　幼児の足元に、額をすりつけるようにして、謝る。
　そんな彼を、男の子は驚いたように見下ろした。ややあって、その口からたどたどしい言葉が流れ出す。
「パパ。謝らなくていいの。だってぼくね、知ってるもの」
「え……」
　驚いて、久隆は顔を上げた。それへ、男の子は屈託なく笑いながら続ける。
「パパもママもお姉ちゃんも、ぼくのこと、すごくすごく待っててくれたって。早く出ておいで、大好きだよって、ずっとずっと言っててくれたでしょ？　だから、ぼくの方こそ、ごめんね。みんなのところに行けなくて」
「……！」
　久隆の唇が、息子の名前を形作る。だが、言葉にはならなかった。
　そんな彼に、男の子は再び満面の笑顔を浮かべて告げる。
「ぼくね、みんなのところに行けなかったのは、残念だけど、パパとママの子供でよかったよ。パパとママとお姉ちゃんのところにいられて、幸せだった」
　そうして、膝をついたままの久隆の額に、こつんと自分の小さなおでこをぶつけると、男の子の姿は光と化し、花火のようにはじけてあたりにまばゆい光の雨を降り注いだ。

　目が覚めて、久隆は小さく目をしばたたいた。
　涙が筋となって、頬にしたたり落ちる。
「……！」
　彼は呻くように息子の名を呼んで、そのまま声なく泣いた――。