夢で会えたら｜リアクション

夢で会えたら

【１】縁側にて

　目の前にいる夫を見やって、十六夜霞は目を見張った。
「あな、た？」
　これは夢かしら……と呟きかけて、噂は本当だったのだと小さく吐息をつく。
　死んだ人と会える夢の噂を聞いて、夫の写真を用意してそのとおりにやってみた結果が、これだ。
　彼女の夫は、三年前に癌で死んでいた。
　だが今、縁側に座してお茶を飲んでいるその人は、癌に冒され病みやつれた姿ではなく、元気だったころの――彼女が枕の下に入れたのと同じ、姿をしていた。
「あなたに話したいことがいっぱいあるけれど……何から話したらいいかしらねぇ」
　霞は小さく笑って言うと、少し考えたあと、話し始めた。
　それは、彼が死んでから三年の間に起こった出来事の数々。
　息子のような存在が大きくなったこと。解散した十六夜組の元組員の一人が結婚して子供ができたこと。ゴールデンレトリバーの桜と之彦は相変わらず元気に遊んでいること。
「そうか」
　彼は一言うなずいたあとは、ただ黙ってお茶を飲みながら話を聞いている。
（無口なところは、相変わらずねぇ……）
　そんな姿に、霞は思わず胸に呟き、微笑んだ。
　ふと会話が途切れ、彼女は庭へと目をやる。そこには、金木犀が小さな金色の花をつけ、かぐわしい香りを放つ姿があった。
「……あなたが丹精していた金木犀、今年もきれいに花をつけたわ。一度は枯れかけたことがあるなんて、嘘みたいね」
「ああ……」
　うなずいて、彼もまたそちらに目をやる。
　そのあとも、二人はあれこれと話をした。
　話すのは、もっぱら霞の方だったけれども、夫は生前と同じく、けして彼女の話を聞くのが嫌そうではなくて。
　だが、そうするうち、ふと気づけばどこからともなくあたりに霧が湧き出して、庭の金木犀も縁側も乳白色のそれに包み込まれようとしていた。
（そろそろ、お別れの時間なのね）
　霞は気づいて胸に呟き、夫に向き直る。
「あなた。まだ話したいこともあるけれど、そろそろ起きなきゃいけないみたい。お別れは寂しいけど……こうして会えて、とてもうれしかったわ」
　言って微笑む彼女に、彼はつと口を開いた。
「霞。今でもお前を――愛しているぞ」
「あなた……」
　思いがけない言葉に、霞は目を見張る。
　霧の中に消えて行く夫の姿が、見る間にぼやけた。
　だがそれも、たちまち霧に飲まれ、あたりは白一色と化して行く――。

　はたと目を開け、霞は自分が布団の中にいることに気づいた。
　障子の向こうがわずかに明るく、どこかで鳥たちの鳴き交わす声がする。
　頬に流れる冷たい感触に、彼女は思わず手をやった。
「あの人ったら……」
　思わず苦笑するものの、またたくたびに涙がこぼれ落ちて、幾分か往生する。
　ようやく涙が止まり、彼女は吐息をついた。
（まったく……何年ぶりかしらね。彼から愛してるなんて言葉を聞くのは）
　胸に呟き、夢であってもうれしいものはうれしいと、改めて口元をほころばせた。
　そうして、身を起こすと、霞は幸せな気持ちで一日を始めたのだった――。

このページにイラストを設定する