夢で会えたら｜リアクション

夢で会えたら

【１６】お姉ちゃん、あのね。

　目の前に立つ姉の姿に、深倉理紗子は息を飲んで立ちすくんだ。
　姉は、四年前と少しも変わっていない。穏やかな春の日射しのような微笑みを浮かべ、こちらに優しい瞳を向けている。
「お姉ちゃん……！」
　理紗子は叫んで、そちらへ走り出した。その視界が、あっという間にぼやけて来るのは、あふれ出した涙のせいだ。
　姉の紗智子は四年前、二十七歳で急性くも膜下出血で死亡した。当然、姉とはもう二度と会えないと、理紗子は思っていた。
　その彼女が夢の噂を聞いたのは、ごく最近のことだった。
　現在彼女は、過労で倒れて三週間の有給を取り、星ヶ丘の親友宅で静養中なのだが、その間のことだ。
（夢で死んだ人と会えるなんて、本当かな）
　半信半疑ながら、今夜はちょうど親友が仕事で東京へ出かけて家にはいない。試してみるなら今だとばかりに、彼女は姉と二人で撮った写真を枕の下に入れて眠った。
　そして今、彼女は姉と夢で再会したのだった。
　泣きながら胸に飛び込む理紗子を、紗智子は包み込むように抱き止めた。
「お姉ちゃん……！」
　生前と少しも変わらない仕草と感触に、理紗子の目からまた涙があふれる。
（お姉ちゃんの声を聞くことは、もう二度とないと思ってた……。この目で見つめてもらうことも、もう二度とないと……。でも……）
　本当に、姉が今ここにいるのだ――そう思うと、理紗子の涙は止まらなかった。
　だがやがて、ようやく彼女は泣き止んで、姉の胸から身を離す。
「……お姉ちゃん、わたし、相変わらず泣き虫なの変わってないよ。もうすぐお姉ちゃんより年上になるのに」
　涙を拭いながら言う彼女に、紗智子が笑って返した。
「そうみたいね。……でも、涙腺が弱いのは、感受性が鋭い証拠だわ」
　言って紗智子は、傍の椅子に座るよう促す。
　気づけばそこは、緑に包まれた高台の一画だった。傍には白い丸テーブルと椅子が二脚置かれている。テーブルの上には、皿に盛られたクッキーと紅茶のポット、それにカップが二つ置かれていた。
「お菓子を焼いたのよ。一緒に食べましょう」
　紗智子の言葉に、理紗子はうなずき、椅子に腰を下ろした。
　高台は見晴らしがよく、遠くの方に海が見える。
　紗智子は二つのカップに紅茶を注ぐと、向かいの椅子に腰を下ろした。
「お姉ちゃん、あのね――」
　カップの一つを手に取り、クッキーを食べながら、理紗子はこの四年間の出来事を話し始める。
　医者になってからのことや、今の自分がどうしているかなど、さまざまなことを話した。
「……そう、いろいろあったのね」
　いちいちうなずきながら聞いたあと、紗智子は言って、苦笑した。
「特に、体には気をつけないとだめよ。どんな仕事をするにしても、健康第一だわ」
「うん、気をつけるね」
　うなずく理紗子の顔をそっと覗き込み、紗智子は笑う。
「本当に、気をつけてね。……泣き虫でもいいから、自分の体は労わるって約束して」
「うん」
　再度うなずく理紗子に、紗智子は安心したように笑い返した。
　その微笑みに、再び理紗子の視界がぼやける。涙が、訳もなく頬をころがり落ちて行った。

　眠りから覚めて、理紗子は自分が泣いているのに気づいた。
　どうやら、涙の感触だけは、本物だったようだ。
「お姉ちゃん……」
　夢の中の姉の姿を思い出すと、その涙は止まらなくなる。
　彼女はただ、布団の中で泣き続けていた。