夢で会えたら｜リアクション

夢で会えたら

【１４】キャッチボールをしよう

　気づいた時、新江天懸は古い洋館の一室にいた。
（ここって……）
　あたりを見回し、そこが父の実家である大天使家の屋敷だと気づく。
　子供のころ――まだ両親が離婚する前は、彼もここに住んでいた。植物園や書庫などがあり、周囲からは『お化け屋敷』と呼ばれるこの屋敷に。
（夢の中でも、辛気臭ぇ場所だよな）
　顔をしかめて、天懸は思う。
　この家には、あまり楽しい思い出がない。
　父を含めて、大天使家の人間はみな学問に秀でた学者一家だ。対して天懸は勉強よりも運動が好きで、彼らとは馴染めなかった。
　彼同様に母もこの家では孤立しており、娘に怪我を負わせる事件を起こして、離婚に至った。彼は、そのおりに母に引き取られ、大天使家を出たのだ。同時に姓も母のものである『新江』に変わった。
　なのに、夢の噂を聞いて、わざわざ大天使家の人間と会おうと考えたのは、単なる好奇心からだった。
　彼が枕の下に入れた紙に書かれた名前は、『大天使天壌』。彼の曽祖父で、『近代的鳥類図鑑』を編纂した人物でもある。
　ちなみに、大天使家では、この天壌にあやかって名前に『天』の字を持つ者が多いのだった。
　視線を感じてつとふり返ると、そこには穏やかなたたずまいの老人が一人、立っていた。
「……本当に、夢に現れるとはな」
　その顔を見て、天懸は小さく口笛を吹いて呟く。老人は、たしかに大天使天壌だった。子供のころに写真を見たことがあるので、間違いない。
「見慣れない顔だが、何者だ？」
　天壌に問われて天懸は名乗り、付け加えた。
「姓が違うのは、親が離婚して母親のを名乗ってるからだ。……けど、名前はあんたにあやかって、天の字をもらってる。あんたの子孫だよ、俺は」
　それから、天懸は少し考える。さて、この老人と何を話そうか。姉や父なら、喜んで学問の話をするのかもしれないが、彼は学問には興味がない。
　ややあって、尋ねた。
「そうだ、じいさんのころには野球ってあったか？」
「あったかもしれんが、わしは知らんな。興味がなかったからだろう」
　肩をすくめて返す天壌に、天懸は笑う。
「お偉い学者様だもんな。……まあいいや。野球知らなくても、キャッチボールぐらいできるだろ？　庭へ行こうぜ」
　言って彼は、部屋を出た。天壌もそのあとに着いて来る。
　屋敷の庭は、彼の記憶どおり広々としていた。その一画で、ちょうど近くに落ちていたボールを拾い、天懸は曽祖父に向かって投げた。
　天壌はそれを難なく受け止めると、老人とは思えない力で投げ返して来る。
　そのボールを受け止め、天懸は笑った。
「学者様にしちゃあ、いい球投げるじゃねーか」
「学者学者とバカにしたもんでもないぞ。鳥の生態を調べるために、山や森に入って何日も息を潜めていたり、険しい道を登り降りしたりはしょっちゅうじゃったからな。そのための鍛錬も欠かさんかったぞ」
　天懸とキャッチボールを続けながら、老人は言う。
「へぇ……。そりゃ意外だ」
　天懸は軽く目を見張った。
　幼いころ、この家で見た人々は皆、青白い顔で自室にこもっては古い本を紐解いたり、誰かと議論したりばかりしていたので、てっきり曽祖父もそういう人だと思っていたのだ。
　彼の呟きに、天壌は小さく肩をすくめる。
「学問の徒とは言え、体力は必要じゃよ。夢を追って、それを実現させるには、強い精神力と健康な肉体が必要じゃ。それなくば、ここぞという時、踏ん張れん」
「……そういうもんか」
　意外な言葉に更に目を見張りつつ、天懸はなんだか楽しくなって、受け止めたボールをまた投げ返した。

　目が覚めて、天懸は小さく笑う。
（じいさんとは、向こうが生きてる時に会いたかったな）
　そして、たとえ夢ででも、会えてよかったと思うのだった。