夢で会えたら｜リアクション

夢で会えたら

【１５】風花六花

　噂でも、夢の中であっても。
　会いたい、と篠宮六花は思った。
　自分が生まれる二年前、三歳で死んだ姉、風花に。
（彼女に会って、聞きたいことがあるんだ）
　と――。

　それは、ひどく鮮明で、そのくせ周囲は霧に包まれているかのようにぼんやりとした――はっきり「これは夢だ」とわかる夢だった。
　どこかで、鈴の音が聞こえた。
　それは、長い間を置いて、リン……リン……と響いて行く。
　六花の前には、女性が一人、立っていた。
　年齢は、二十歳を少し過ぎたぐらいだろうか。その面はまさに、鏡を見ているかのように、六花にそっくりだった。
　ただ、銀髪と赤い目の六花に対して、女性は髪も目も黒い。
「風花」
　六花が呼ぶと、相手と目が合った。女性――風花が首をかしげる。
「だれ？」
「六花。……貴方の弟だ」
　答える彼に、風花は『りっか』と口の形だけで、彼の名を繰り返した。
　そんな彼女の姿に、六花は小さく胸が疼くのを感じる。
　両親に愛されなかった自分。愛されていたけれど、亡くなった姉。
　両親は、アルビノにも似た自分の外見を、気味が悪いと、なぜ娘と同じ外見でないのかと感じて忌み嫌ったのだろうか。
　だから自分は、愛されなかったのか。
「貴方は、愛されていた？」
　問うて、六花は小さく息を飲む。
（俺は、これが訊きたかったのか……）
　口にして初めて、どうして自分が姉に会いたかったのかを理解した。
　その彼の目の前で、風花が笑う。まるで花がほころぶように、やわらかく、温かな笑みだった。
　一点の曇りもないような、綺麗な微笑みだった。
　それを目にして、六花は鋭く息を飲む。瞬間、胸を掻きむしられるような激情が、全身を貫いた。
　そんな笑いで答えられるほど、完璧な愛を両親から向けられていた姉への怒りと羨望、そして、そんな姉を失った両親の嘆きと悲しみへの気遣い――それらが彼の中で混ざり合い、渦巻いて黒い塊を作り上げる。それは、出口を求めて咆哮した。
「……っ、俺が！　貴方のかわりに、消えればよかった！」
　感情のままに、叫びが口をついて出る。

　ハッと目覚めて、六花は小さく息をついた。
　目の前には、見慣れた天井が広がり、彼は何かを求めるようにそちらに向けて右手を伸ばしていた。
　あたりには、雪が降っている。
（……なんの夢を見ていたんだろう……）
　ぼんやり胸に呟き、ようやく彼は、その雪が自分のろっこんが発動したせいだと気づいた。
　『風花六花』――髪に結んだ鈴を六回鳴らすことで発動するそのろっこんは、触ることもできず、温度の変化ももたらさない幻の雪を、周囲に降らせるものだった。
（鈴の紐を、解き忘れて寝たんだな……）
　小さく苦笑して、彼は呟く。
「かざはな、りっか」
　伸ばしたままの手を、幻の雪はすり抜けて舞う。
　それをぼんやり見つめながら、彼は夢の内容を思い出そうとするが――できなかった。
「幻の雪のように、儚い何か……。俺にはつかめない何か……」
　呟いて、彼は腕を下ろすと吐息をつく。
「何も、思い出せない……か。噂では、そんな話は聞かなかったけど……こんなこともあるんだ……」
　そして彼は、再び眠ろうと目を閉じた。
　その彼の上に、ただ幻の雪が降り続けていた――。