夢で会えたら｜リアクション

夢で会えたら

【３】君を待ってる

　……ここって。
　あたりを見回し、ジェレミア・ベルトーニは思わず呟いた。
　そこは、イタリアの彼の実家だった。
　果樹園を経営しているベルトーニ家の、庭の一画。サンルームから直接出られるテラスの傍に、彼は立っていた。
（すごいな。夢とは思えないほど、リアルだ……）
　胸に呟き、彼は改めてあたりを見回す。
　そう、これは夢だった。
　不思議な夢の噂を聞いて、十年以上前に死んでしまった飼い猫に会いたいと、噂の方法を試してみたのだ。
（これはつまり、成功したってことかな？）
　などと思いつつ、視線を巡らせていると、足元からにゃあと猫の鳴き声がする。見下ろせば、そこには茶トラの猫がいた。
「ルチル」
　ジェレミアは身を屈めると、その猫を抱き上げた。
　テラスに置かれた椅子に腰を下ろし、猫の背を撫でる。
　ベルトーニ家では、ネズミなどを狩ってくれるからと、猫をたくさん飼っている。ルチルは、ジェレミアが生まれる前からこの家にいて、死ぬまでは猫たちのボス格だった。
　ジェレミアのことも、弟か子供のように考えていたフシがあり、当時まだ幼かった彼が危ないことをした時は、助けてくれたり諌めたりしてくれた。
　とても、賢い猫だったのだ。
（死んだのは、俺が十二歳ぐらいのころか……）
　猫の背を撫でながら、当時のことを思い出して、ジェレミアは胸に呟く。そして、話しかけた。
「ルチル、俺は動物のお医者さんになったよ」
　ルチルが顔を上げ、にゃあと鳴く。
「病気や怪我した猫を、少しでも助けてあげたくて」
　ジェレミアが続けると、ルチルはもう一度鳴いた。
　その鳴き声に微笑み、ジェレミアは話し続ける。
「今、日本にいるんだよ。日本では、飼っていた猫が毛皮を着替えて戻って来るって言われたりしているよ。君は、いつ着替えて俺のところへ来てくれるんだい？」
　うん？　とその顔を覗き込みながら、彼は猫の尻尾の付け根をトントンと軽く手で叩いた。
　するとルチルは、生前と同じく嬉しそうに耳を動かし、またにゃあと鳴く。
（昔どおりだね）
　その様子に、ジェレミアは思わず口元をほころばせながら、胸に呟いた。そして、近況報告を続ける。
「君に似た毛色の子猫を保護してね。今一緒にくらしているよ。灰色の子もいるし」
　言葉を切って、ルチルの顔を覗き込んだ。
「いつでも君を待っているよ。……気が向いたら、来て。日本は、良い所だよ」
　猫は、まるで彼の言葉に聞き耳を立て、考えを巡らせているかのように、こちらをじっと見返して来る。
　やがて、きゅっと目を細めると、「気が向いたらね」とでも言うかのように短く鳴いて、ひょいと彼の膝の上から飛び降りた。
「ルチル」
　テラスを離れて悠然と歩いて行く猫に、ジェレミアが声をかけると、猫は軽くふり返り、「話せて楽しかった」とでもいうかのように鳴く。
「……俺も、楽しかったよ。ルチル、またね」
　夢は終わりなのだと察して、ジェレミアは声をかけた。が、猫はふり返ることなく、そのまま立ち去って行った。

　夢を見てから数日後のこと。
　ジェレミアは散歩に出かけた先で、一匹の子猫に出会った。目の周りに大きな黒いブチのある、三毛猫だったが、そのまなざしが――。
「ルチル、本当に来てくれたんだね。俺のところに」
　それは、まさにルチルの――人語を解する猫の叡智を秘めたまなざし、そのものだった。
　ジェレミアは、三毛猫を抱き上げると、そっと背を撫で、それから尻尾の付け根をトントンと軽く手で叩いてやる。
　と、三毛猫はうれしそうに耳を動かし、尻尾をゆらゆらさせて鳴いた。
「ようこそ、ルチル」
　小さく目を見張って言うと、ジェレミアは子猫をそっと抱きしめた。

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