さよならの周波数｜リアクション

さよならの周波数

　――マザーズ・ララバイⅡ

　その夜。遅くまで本を読んでいた八神修は、何気なくラジオをつけた。普段ならもう眠っていてもおかしくない時間なのだが、何故だろう、何となくラジオを聴きたい気分になっていた。
　あったかいカフェオレの入ったカップを抱くように持ち、ふかふかのソファに身を沈め、ゆっくり飲みながら音楽を聴いているうちに、ラジオの番組が変わる。そして、彼はＤＪであろう女性から名を告げられた。

『では、次のメッセージです。八神修さん、貴方のお母さんからメッセージが届いています』

（……えっ？）
　不意に、彼の眼が振れる。無意識にボリュームを上げていると、そっと、聞き覚えのある柔らかな声が聞こえてきた。
「本当に……かあ……さん……なのか？」

＊　＊　＊　＊　＊
　貴方には、色々と伝えられなかった事もあったわね。
　たとえば、貴方を生んだ事について、とか。

　私は、妻子あるあの人を愛し、貴方を生んで……。
　あの人の重荷になりなくなかったけれど、貴方を手放したくなくて。
　あの人は、貴方を堕胎するようにとは言わなかった事が今でも嬉しさと共に覚えているわ。
　けれど、かなり強引な手を使って私たちを傍に置いていたのも本当の事。
　それだけ、あの人は私と貴方を手放したくなかったのね。
　でも、その意味を考えたの。……貴方の命と幸せのためだと。

　貴方を手放したかあさんを許してはくれないわよね。
　けれども、貴方の幸せを心から願っているわ。
　このようになってしまったけれど、あの人の為になれたことが嬉しいの。

　貴方も人を愛するようになったら分かるわよ、きっと。
　あの人をどうか助けてね。
　あの人と貴方の、成功と幸せを、願っているわ。

＊　＊　＊　＊　＊

　修の生い立ちには、複雑な事情が絡んでいる。彼の母は、妻を持つ男性と恋に落ち、身ごもった。そして、様々な事を経て修は今の『八神家』にいる。
　いままで出会った不思議な体験を通し、彼は亡き母と２度対話している。そして、３度目を確信していた。それが今なのだ、と修は静かに頷いた。
　彼は常々、想像できないほど人とは違う人生を送った母を、誰も恨まず儚くなってしまった母を理解したい、と考えていた。
　自分からもメッセージが送れたら、と思い、首を振る。きっと母は空から自分を見守ってくれている。

（後悔は、していない）
　自分の今までのことを振り返って、ただ窓から見える夜空を見て頷く。
（俺は太陽に向かって咲くような、王道の人生を自負している。これからも、多分そうだ）
　星は静かにまたたき、月は静かにたゆたう。その遠い果てを思い、月光の中で修は言う。
「貴女の選択が間違ってなかった事も、俺が証明します。だから、どうか……これからも見守っていてください」

　父が母や自分にした事。母の人生の選択。決して正道ではないそれらの底に有ったのは、両親の愛の形だった、と信じているのだから。

　静かに決意を固める彼の眼に、光る雫があふれる。それを拭い、月光の中佇むその背中を母親が見たならば、きっと頼もしく思ったことだろう。