剣道部４　＜総当たり戦２＞


　


　御剣 刀の相手は伊藤 佳奈。
（刀君と本気で戦うのは新歓の模範試合以来かな？）
　佳奈はいい緊張の中にいる。
（あのときは引き分けだったからね、今度は勝つよ！）

（伊藤、本気の目だな。こっちだって手を抜くつもりはない。本気で行く！）
　佳奈との間合いを慎重にとる刀。
（伊藤は領域に一歩踏む込むやいなや攻めてくる。十分な間合いが必要だ）
　今までできなかった遠く隔てた間からの攻撃。その練習をするには申し分ない対戦相手だ。
（視線や構え、肩や爪先、あらゆる動きから次の所作を読み取って、攻撃を見切るんだ！　そして生まれた隙を突く！）
　すっと前へ摺り足で出る佳奈。その瞬間を刀は見逃さなかった。
「めーん！」
　気持ちをガソリンにした刀渾身の振り下ろし。
「！」
　これを佳奈が竹刀の側面で打ち落とす。
「う……」
　打ち落としからの面を切り込みたかったが、刀の一振りを弾いた反動はでかく、速やかに次の所作へ移ることが叶わなかった。
（あっぶねー。今の面打たれてたら取られてたな）
（さすが刀君、一撃が重い）

　両者また間を取りにらみ合い。片方が打ち込めば片方がいなし反撃に出るがそれも不発に終わり、譲らないシーソーゲームを繰り返す。
「はぁ、はぁ（だいぶやべぇ）」
　疲れは目に見えて出てくる。両者ともに防具越しでも息が乱れているのが分かった。
（もう、気持ちが切れたら負けだ）
　竹刀を握る手を絞りなおす佳奈。
（次で決める！）
　佳奈に直感がよぎった。次なら行けると。
「はーっ！」
　小手面。どちらも急所には至らない。
（うお！）
　が、一気に間合いを詰める佳奈。つばぜり合いから、刀を体当たりで押しにかかる。
（く、俺が力で）
　この時点で刀に、意表をつかれた驚き、という気持ちの弛みが起きる。
「げっ」
「隙あり！」
　飛ばされた反動でがら空きになったお腹へ向けて、佳奈、思い切りの胴。
「一本！」
「やった！」
「あーちくしょー……」
　２人ともぜーぜー言いながら礼をする。
「これで１勝１分けだねぇ」
「くそー今度は負けねぇからな！」
「うん、またやろう！」







　笹森 清真の相手は月守 紗智。
（前半の練習を減らした分、試合はできる限りの力を出し尽くします）
　紗智は覚悟を決めて試合に望む。

（背の低い相手か……あまり好きではないな）
　闘志みなぎらせる清真。極端に身長差がある相手は好まなかった。
　さらに——下段の構えを取る紗智。
（待ち戦法か、これもあまり慣れてないぜ）
　ダンスでも躍るように、清真が動くと、紗智もササと合わせて動く。
（動きだけで分かるぜ。ものすごく強いって）
　相手が強ければ強いほど、燃えてくる清真。
（リハビリ後だからって手加減はしないぜ）
「てぇーぃっ！」
　腹の底から闘志をむき出し、打ち攻め入る。
　清真の小手打ちを払う紗智。下段から振り上げる竹刀さばきに無駄な部分は一切ない。
「はっ」
　払った直後に小手返し。
（速い！）
　払われた竹刀を瞬時に正し、紗智の攻撃を受け止める清真。姿勢が崩れるのをすぐ直すと、相手はすでに下段の元の構えに戻っている。
（やはり強い……剣道部の連中は全員強い）
　相手への意識を高めつつも、周囲へもアンテナを張る。そこかしこから届いてくる気合の叫び。それだけでも、寝子島剣道部の強さを測ることができた。清真自身も９歳から剣道を始めていてそこそこの実力があると自負している。それでもこの部の中にあっては真中か、それよりもやや下。上には上がいると嫌でも痛感させられた。
（まあ俺はそれくらいがちょうどいいぜ）
　上が存在するという事実が、清真をさらに燃えさせる。
（さらなる高みへ行くため……勝つ！）
　清真の第二撃が始まる。

（笹森さんは極端なタイプね）
　紗智は対戦相手の動きから傾向を探っている。
（苦手な型が相手だと、少し動きが後ろ向きになってしまっている。この攻撃もまだ探るような感じ）
　再び下段からの振り上げで払うと、今度は懐からの胴打ちを放つ。
（！　読まれてる！？）
　清真が一旦引き、胴をかわされた紗智は一刻躊躇。そして紗智が立て直す前に、一気に詰め寄ってきた。
（接近戦か）
　持久戦に持ち込まれるのはあまり歓迎できなかった。体当たりを食らった後、さらに追撃を食らわしてくる。
（さっきまでとは打って変わって積極的ね）
　下段を封じるスタイル。紗智にはとても戦いづらい。
（長引く前に決着をつけないと……）
　相手の面を払い、今度はこちらも面。
（だめか）
　入らない。こちらから駆け寄るような形になりつばぜり合い。
（え？）
　まだ接近戦になるかと思いきや、清真の方から引いてきた。
（チャンスか）
「たぁーっ！」
　下がる清真を追うようにして、紗智の面打ち。
「！」
　が、清真の引き胴も、紗智の胴に食い込んでいた。
「一本！」
　清真の胴が完璧に入っていた。

「く、完敗」
　内心とても悔しい紗智。体調が完全なら、なんて言い訳はしたくないが、まだまだ勘を取り戻していく必要はありそうだ。
「いい経験になった。ありがとう」
「またやろうね」
「ああ」
（さっきの副部長との稽古が活きたな）
　体が覚えていた。副部長に仕込まれた胴打ちのコツ、うまく実践でも表現でき、綺麗な一本を取ることができたのだった。
（まだまだ強くなれるな）
　と清真。
（もっともっと強くなろう）
　紗智も同じことを思う。










（春賀 幽……１年の中でも飛び抜けてるな）
　南雲 銀丸は感心している。
（力や技術もそうだが、動きに迷いがない）
　まさに真剣勝負。一つ一つの試合に命を賭して戦うかのようだった。
　それは銀丸にとって、剣道の試合よりも、意図せず巻き込まれる喧嘩騒ぎの渦中にいる気分に近かった。相手は死ぬ覚悟、もしくは殺す覚悟で攻めてくる。そんな命を駆ける場での戦いにいるような気がするのだ、幽と向かい合うと。
（静かだ……でも強い）
　幽の静謐な牙に戦かないかと言われれば、否定はできない。

（南雲先輩は、野性味あふれていてなんだか怖いなぁ）
　銀丸の積極的な連撃を受けながら幽は冷静に思う。
（攻撃は最大の防御、とでもいうようにガツガツ攻めてくるねぇ）
　幽は竹刀を真剣だと思って試合をしている。すなわち、相手を斬り殺すつもりで戦っている。逆にこちらが相手の竹刀を受ければ、自分の命が落ちるという覚悟を持って挑んでいる。
（南雲先輩にもそんな覚悟が感じられるなぁ）
　ただし、色は両者異なる。幽が穏やかな静に対し、銀丸は激しい動。
（でもこれだけ連続で攻めれば隙はできます）
　大振りになった面を引っ込めるタイミングで、幽、反撃の一打に出る。

（かかったな）
　銀丸、にやりと心で笑む。わざと作った隙であった。攻め入るばかりが銀丸の戦法ではない。もちろんそれで相手を落とせればいいが、小手先だけの戦法が通じない場合、次の段階を講じている。懐へとおびき出し、相手が打ってきたところを、
「はっ！」
　身を素早くずらしかわす。
「！」
　幽も一瞬かわされたことを驚くが、すぐに気持ちを取り戻す。
「めーん！」
　銀丸の強かな面打ちを引いてかわす。
（ただひたすらゴリ押しというわけではないのですねぇ）
　少し間合いを取る幽。次は慎重に攻めようと考え直す。
（さすが勘が冴え渡ってるな）
　銀丸も相手をじっと睨む。

　……が。

（う……やばい）
　銀丸の剣先にぶれが生じる。幽の服が透けて見え始めていた。
　銀丸のろっこん「目を凝らすと透けて見える」。名前の通り、相手を睨みすぎると対象が透けて見えてしまう。女性相手のときは十分注意しているが、幽は男。
（しかし見た目はほぼ女……）
　気恥ずかしくなり、少し目を逸らしてしまう。
　もちろんこの格好の隙を幽は見逃さない。
「はっ！」
　試合で初めて声を出す幽。空を切るような声音を爆発力にして、威圧とともに銀丸へ攻め入る。
（や、やべぇ！）
　幽の面が鮮やかに決まった瞬間だった。

「最後、視線を逸らしましたね？　何かの作戦でしたか？」
「……いや、あれは……」
　手加減をされたのだろうか。それとも相手の集中が途切れたのだろうか。それとも何か虫でも飛んでいたのか。返答を待っても、口下手な銀丸は何も言わない。というか理由を話すことはできない。
「次は最後まで本気で来てくださいね」
　にこりと笑う幽だが、銀丸はその奥底にある殺気を見逃すことはなかった。
「……ああ、次も本気でやり合おう」