茜空の向こう側｜リアクション

茜空の向こう側

◆私の中の『君』
　
　買い物をしていた筈だった。つい先程までは確かに。
　参道商店街というよりは、むしろ。
（本土にいた時の、街に似ている……）
　思い出して嫌だなぁ、と屋敷野梢は視線を落とした。
　彼女には今も記憶を占める存在がいる。
　親友でもない。
　恩人であったわけでもない。
　ただ、何よりも大切だった存在。
『君』が梢の中には存在したままでいる。

（私が……殺してしまった）

　今も罪の意識に苛まれる心内が癒えることはない。　
『君』は梢が中学生の時に出会った、当時高校一年生の女性。
　孤立してしまいそうな梢を助けてくれた。
　命の尊さも、教えてくれた。
　梢も何かを返したいとずっと思っていて、病に冒された『君』と約束をした。
　病気が治ったら一緒に日本中の蝶を捕まえにいこうと。
　生物をいっぱい勉強して君の病気を治すと。一緒に、遊びに行こうと。
　約束をたくさん交わした。
　病に冒された『君』を元気づけたかった、ただそれだけだったのに。

『君』は余命が宣告された時、残りを穏やかに過ごすのではなく、無謀な手術を希望した。
　梢との約束を守るために、数パーセントもない可能性を選んだのである。
　最後に笑った『君』の笑顔が離れない。
　失くしてしまった。
　あの約束さえなければ、まだ話せたかもしれない――もっと、長く。
　約束の小指が酷く痛んだ。

　そんな梢を責める人は誰も居なかった。
　優しくかけられた背負うなの言葉は、無理な話だった。
　あの子と一緒にいてくれてありがとうは、ただ痛いだけだった。
　責めて欲しかった、実感させて欲しかった。
　そうすれば、悔いなく一人を選ぶ事ができるのに。
　自分を罰することが出来たのに。
『君』を殺しておいて許されるなんて、それは――あまりにも。
　罪の意識は心を開くことに恐怖を植えつけた。
　大切な親友も出来たけれど、何処か寂しいままで。

「ずっとね、会いたかったんだよ」
　目の前に現れた人物に、梢は静かに告げた。
「ねぇ、抱きついてもいい？」
　罪悪感が踏み出す一歩を躊躇わせたけど、でも頷いてくれるから。
　駆け出して、抱きしめて。
　泣くことを我慢するのをやめた。
「私ね、君と同い年になったんだよ」
　追いついちゃったと、溢れる涙を気にせず伝える。
　ごめんねと何度も謝って。
　今の自分のことを伝える。
　結局自分のことばかりだけれど。
『君』が言う。
　話してくれてありがとうと。
「……お礼を言うのは、私の方だよ？」
　たくさんのものを貰った。
　大切なこと、大切な気持ち。
「もし次があるなら、もう一度君と出会いたい」
「そうだね、その時は笑ってくれる？」
「……う、ん」
　今はこの涙が止まることはないけれど。
　次は絶対に、笑顔で。
　もし『君』が同じ病気に掛かっていたとしても。
　今の私が、治療法を発見してみせる。
　今度こそ『君』を救えるように。

「頑張るから……またね、」

　その笑顔を今度こそ。
　決意と誓いと。約束は今度こそ果たせるもので有るように。