いざ行かん、買い物日和！｜リアクション

いざ行かん、買い物日和！

　御巫時子は、ふらりと旧市街の店を回っていた。
「さて、今年は何を贈りましょうか……」
　なんて、品の良い小物を扱う店の前、頬に手を添えて首を傾ける時子。
　今年も巡り来る、母の日の贈り物を考え中なのである。と、その時。
「あ、尚輝先生……？」
　ふわり、鼻腔を擽る薬品の香りに覚えがあって、時子は自分の後ろを通った相手に声を掛けた。
　名を呼ばれた五十嵐尚輝先生が、足を止めて時子の方を見る。
「御巫さん？」
　きょとり、五十嵐先生は分厚い前髪の奥の目を瞬かせたようだった。
「すいません、気が付かずに。実験のことを考えていて……御巫さんは、この辺りに何か用事ですか？」
「ええ、実は……」
　かくかくしかじか。問われて、時子はここに至るまでの経緯を語った。
　五十嵐先生が、成る程、と頷く。
「それで……もし良ければ、昨年のように相談に乗っていただけませんか？」
「え？　それは構いませんが……」
　僕では役に立つかわかりませんよと、五十嵐先生は淡く苦笑した。
「とんでもないです。素敵な品が沢山あって、悩んでいたところで……」
　言って、時子は店頭に並ぶ品へと、もう一度眼差しを遣る。
　手鏡、髪留め……心を惹く品の数々に、時子は改めて瞳を煌めかせた。
「うーん、やっぱり悩みますね……。去年は、カーネーションと帯留めを贈ったんですが」
「帯留め……ああ、確か、普段から着物をお召しになっているんでしたか」
　それは喜ばれたでしょうね、との五十嵐先生の言葉に、時子はこくと頷く。
「はい……あ、でも、母は普段は着物が多いですが洋服も時々着ているんです」
　携帯電話を開いて美しく凛としたその人の写真を見せれば、
「おや、御巫さんに似ていますね」
　と、五十嵐先生がぽそりと零した。
「そう、ですか？　そうだ、尚輝先生のお母様はどんな人なんですか？」
「どんな……うーん、普通の母親ですよ」
「今年は、尚輝先生から電話かけてみてはいかがですか？　感謝の言葉を添えて……」
「……前向きに検討します」
　時子の言葉に、五十嵐先生が面映ゆげに首の後ろを掻く。
　幾らか店の品を手に取ってみて、時子が最終的に選び取ったのはストールだ。
　洋装、和装、どちらにでも使える物。
　母の日用にラッピングを施してもらったそれは、時子の腕の中、どこか誇らしげな様子だ。
「カーネーションの描かれたメッセージカードも購入して、後日一緒に贈るつもりです」
　喜んでもらえるかドキドキしますね、と少しくすぐったいような気持ちでくすりとすれば、
「御巫さんが一生懸命選んだんですから、きっと気に入ってもらえますよ」
　と、五十嵐先生が訥々と、けれど真摯な声音で零す。
　その言葉が嬉しくて、時子はかんばせにふうわりと笑顔の花を咲かせた。
「尚輝先生、お付き合いくださって有り難うございました……」
「いえ、僕は何も」
「そうだ。もし先生も選ばれるならお手伝いしますよ」
「僕は……電話、なるべく忘れないように頑張ります」
　先の時子の言葉を胸に留めていたようで、五十嵐先生はそんなことを言って一つ頷いたのだった。