【お花見】桜の下で待ち合わせ｜リアクション

【お花見】桜の下で待ち合わせ

　パーカーのポケットから取り出しかけた大観覧車の半額チケットをもう一度しまい込み、仙藤蒼は姉である仙藤紫と同じ黒い瞳を勝気に笑ませた。
「お姉ちゃん」
　悪戯気な笑みで振り返る妹に、紫はかたちの良い眉をひそめる。桜まつりの後、足を延ばして寝子島シーサイドアウトレットまで来たのは、妹から駅前で貰った大観覧車の半額チケットを使いたいと請われたからではあるけれど、
(……この様子だと)
　何か別のことがしたいと言い出すのだろう。
「格ゲー勝負！　しよ！」
　姉の予想通り、妹はアウトレットの一角を占めるゲームセンターの眩しいネオンを指した。そこそこゲームはするものの、妹のようにやりこんだりはせず大して強くはない。従って負け確定の勝負を渋る姉の手を引き、妹ははしゃいだ足取りでゲームセンターの奥にある格闘ゲームコーナーへと向かった。
「お姉ちゃんはそっちね。コイン入れてあげる！　強いキャラも使わせてあげる！」
「……ありがとう」
　大人びた黒髪の美人とゲームキャラのロゴ入りTシャツにパーカーなラフな出で立ちであっても美少女な、目を引く二人連れの対戦とあってか、春の宵にゲームセンターの格闘ゲームに興じていた人々が見る間に人垣を作った。
「始めるよー！」
　向かいの筐体に座った蒼がギャラリーを背にしてもものともせず、元気いっぱい宣言する。
「……ええ」
　背後に感じる男性多めなギャラリーの視線に背中を緊張させつつ、紫は小さく頷いた。
　結果は言うまでもなく、姉の惨敗。
　防戦する間もなく一方的に攻撃を受け、一撃も与えることなく敗れて倒れる画面内のキャラを眺め、紫は切ない溜息を吐いた。
「はいはーい、おっしまーい！」
　落ち込む美人に戦術を教授してついでにナンパしようとする男どもをはねのけ蹴散らす勢いで、蒼が向かいの席から立ち上がる。紫の手を取り、人垣をかき分けて格闘ゲームのコーナーを抜け出し、向かったのはハンバーガーショップ。
「観覧車に乗るんじゃなかったの……？」
「お腹すいちゃった」
　あっからかんと言い、アメリカンサイズのハンバーガーを手に旺盛な食欲を見せる妹を眺め、姉は呆れ顔のような困り顔のような表情で熱いコーヒーを口に含んだ。
　まだまだ冷える春宵の海風の中を渡り、ようやくお目当ての大観覧車に乗り込む。
「お姉ちゃんお姉ちゃん、桜！　ほんっと綺麗！」
　空へ昇るゴンドラの中、窓に額を押し付けるようにしてはしゃぐ妹の様子に、姉は目を細めた。振り回されがちではあるけれど、妹の明るさは見ていて心地がいい。
(可愛い妹とのデートも、悪くないわよね)
　くすりと笑んだところで、夜空から零れ落ちるようにどこからか舞い込んできた桜の花びらを見た。ひらひらとゴンドラの中で躍る薄紅に何気なく手を伸ばす。
　触れた途端、思い出した。
　書架に挟まれた通路に満ちる本の匂いを。遠くの窓から聞こえる蝉の鳴き声を。一冊の本へ伸ばした指が、同じ本へ伸ばされた青年の指に触れてしまったその時の、気恥ずかしさを。同じ本を借りようとした気安さで、思わず顔を見合わせて笑い合ってしまったときの胸の弾みを。
(……でも、別れてしまった)
　元彼氏との出会いを何故だか思い出してしまって、心が痛くなる。
「お姉ちゃん？」
　不意に俯いてしまった姉に、蒼は目を瞬かせた。姉の顔をひょいと覗き込み、眉を寄せる。
「何でもないわ、……大丈夫よ」
　気丈に微笑む姉をしばらく見つめて後、妹は不意に手を伸ばした。姉が妹にするように、姉の頭を優しく撫でる。
「ちょっと、……蒼」
「大丈夫、大丈夫。お姉ちゃんはだいじょうぶ」
　おまじないを唱えるように言って元気よく笑って見せる妹に、姉は一瞬、大人びた表情を崩し泣き笑いのような表情を見せた。
「……ありがとう」