猫鳴館、笑うべからず黒猫の狂嵐｜リアクション

猫鳴館、笑うべからず黒猫の狂嵐

● 秘密の床下収納

　一方、空手部先輩の部屋を片付け終えた結城永遠、錦織彩、綾辻綾花プラス、黒猫のクロワは、掃除場所を旧館の隅に移していた。
　ここの床に、猫館生に『開かずの床下収納』と呼ばれる小さな扉がある。
　約５０センチ四方の小さな木の扉で、取っ手は錆び付き、引き上げるのも一苦労。
　俺が卒業する前にここを開けて掃除してほしいと海原茂に請われた三人は、ようやっと扉を開けて、彩の作った手モップ片手に、その一メートル四方の床下収納の掃除をすることになったのだが……いやあ、出るわ出るわ、数十年に渡って塩漬けされた遺産たちよ！
　まず目に飛び込んできたのは、びっしりと生えているカラフルなきのこ（自生）。
　きのこまみれの空間から、円筒形のクリーム色したプラスチック容器を引き上げ、蓋を開けてみる。
　中は白くてフワフワのカビでびっしりだ。
「これは……ぬか床ですね」
　綾花がその正体を言い当てた。ぬか床はこまめに混ぜて手入れをしなければいけないのだが、見たところ、長らく混ぜられた形跡はないようだ。一体何が漬けられているのか、確かめるのも恐ろしい。
　また別の箱の中からは、大量のレトルトカレーが発掘される。彩がひとつ手に取ってみる。箱はすっかり年季が入って、いまにもボロボロと崩れてしまいそうだ。
「『ニャンカレー』、ですね。賞味期限は……４０年前……」
　未開封のレトルトパウチは保存状態が良ければ食べられるらしいが……カラフルきのこやカビたぬか床と一緒に保管されていたものはどうだろうか。（命が惜しければ絶対に食べないでいただきたい！）
　さらに永遠が手に取ったものは、ぱんぱんに膨らんだ缶詰であった。
　埃を拭ってみると、かすれた文字で『シュール……っぽいサンマ缶』と書かれている。
「賞味期限は……２０年前、か」
　賞味期限的にはニャンカレーよりましだが、危険度で言えばずっと上。バイオハザード記号を付けてもいいほどの膨らみっぷりだ。針のひとつきで爆発しかねないそれを、永遠は慎重に取り出して彩に手渡す。彩は、体格のいい男性である永遠と缶詰そのものの両方にビビって、恐る恐るの手つきだったが、受け取った缶詰に掛かれたサンマの絵と目が合うと、思わずくすっと笑ってしまった。
　半目でじっと虚空を見つめるような、なんともシュールな目つきだったのだ。
　時同じくして、綾花も身を捩って笑い始める。
「や……くすぐらないでください……首に何か……」
　きのこの合間に隠れていたのだろうか。綾花の首筋を、一匹のナメクジがうねうねと這っている。
「やだ、取ってください……！　きゃ、あは、あはは、くすぐったい！」

　永遠が綾花の首筋からナメクジを払い、
「しっ。どこで黒猫サンが見ているかわからないぞ」
　と忠告したときには遅かった。

　黒猫サンの黒い影が、三人の背後からすうっと伸びる。
「デデーン！　笑ったのは誰だいー？」
　永遠は咄嗟に、女子二人の前に立ちはだかった。
「誰も笑ってない」
「そんなはずはない。確かに笑い声が聞こえたよーう？」
「だとしたらそれは……俺だ！」
　永遠は、女子を庇って、白い歯をにっと剥いた。
「「結城先輩！」」
　名を呼ぶ彩と綾花を目顔で制し、にかっと笑う永遠。その広い背中のなんと頼もしいことだろう。

「ほほーう。その振る舞い、漢だね。じゃあ遠慮なく……結城はん、アウトー！」

　小さな黒猫サンは、長身の永遠を上から下まで舐めるように見る。
　それからパチンと指を鳴らすと、もう一人の黒猫サンが、無骨と言ってもいい永遠のイメージとは正反対の、清純派メイド服をもって現れた。

「結城はんには罰ゲームとして、このメイド服に着替えてもらおうかね」