猫鳴館、笑うべからず黒猫の狂嵐｜リアクション

猫鳴館、笑うべからず黒猫の狂嵐

● プロローグ

「けほ」
　錦織彩は除けた箪笥の裏から巻き上がった埃を吸って、可愛らしい咳をした。
　つられて綾辻綾花も咳をする。
　綾花についてきた黒猫のクロワも、「くしゅ」と猫らしいクシャミ。

　ここは魔窟ともカオスの館とも呼ばれる猫鳴館。
　先輩や自分たちが積み上げた遺産の数々が、埃にまみれて眠る場所。
　その中でもここは、まもなく卒業する空手部先輩の部屋である。
　古びた八段桐箪笥を軽々と持ち上げたのは、武道家らしい強面と筋肉質な肉体をもつ空手部２年の猫鳴館生、結城永遠。彼はなかなかにマメな男で、自室は日々こまめに掃除していて手間いらずであったため、引っ越し間近の先輩の部屋の片づけを手伝いに来たのである。その先輩の部屋はいかにも猫鳴館男子と言わんばかりの荒れっぷりで、やはり女子の手も必要だと、彩と綾花にも手伝いを頼んだ。ふたりとも家庭科同好会に所属していて掃除上手そうに見えたし、実際その通りであった。

　積み上がっていた段ボールと箪笥を廊下に出す。その裏側、埃とカビで真っ白くなった壁と畳を前に、彩はすっかり途方に暮れて、いつも以上の小声になる。
「どう、手をつけましょう……」
「錦織先輩、マスク使います？」
　汚れてもいいように万全の服装をした綾花からマスクを貰い、口に当てる。
「綾辻さんありがとうございます。あとは雑巾が欲しいですが……」
　彩はふと思いつく。
「私の、ろっこんを使ってみたら……上手くお掃除できる、モップが作れるのかも……」
　そっと指先を壁につけて＜Twinelight＞を発動させると、白茶けた壁と同じ白茶けた毛糸が、次々と指先と壁の間から縒り出される。糸の材質も意のままなので、アクリルとレーヨンの混紡にする。
　彩はそれを指編みで手早く編んだ。
「どうでしょう……手モップの出来上がり、です」
　さっそく床の埃を拭きとってみると、この思い付きがすばらしいものであったことがすぐにわかった。
「……うん、うまく、埃を吸い取ります、ね」
「わ……いいですね。私にも作って頂けませんか？」
　綾花に請われ、彩は再びろっこんを発動させて毛糸を繰り出す。
　すると、猫のクロワがひょいっと跳ねて、見る間に繰り出される毛糸にじゃれ始めた。
「あら、クロワ、邪魔しちゃいけませんよ？」
　クロワを取り押さえようとする綾花。だが、前足を伸ばして毛糸に向かって猫パンチするクロワの愛らしさについ、頬が緩んでしまう。彩の口元にも笑みが浮かぶ。
「だめ、ですよ。今編んでますから……ね」

　それを見た永遠が、静かにふたりをたしなめた。
「気をつけろ。そんな笑顔を見せると黒猫さんが来るぞ」

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