それぞれの回想｜リアクション

それぞれの回想

　桜花寮の窓辺に椅子を寄せて恵御納夏朝が外を眺めていた。閉めた窓越しから甲高いバイクの排気音が聞こえてきた。
　途端に夏朝の全身を剣呑とした雰囲気が纏う。狂暴性を秘めた別人格の夏夜の現出であった。他者を威圧するような眼付きで窓を開け放つ。
「思い出すね。『あいつ等』が乗ってたバイクの音も煩かったなー」
　抑え切れない過去が胸の中に溢れた。

　放課後の中学校の旧校舎、一つの教室から不規則な音が聞こえる。出し物の名前が書かれたベニヤ板に向かって夏朝が単独で金槌を振るっていた。同じ材質で刳り貫かれた動物の顔を釘で止めていく。また一匹、両目に釘が打ち込まれた。
「夏朝を演じるのも大変だね」
　四つん這いになっていた夏朝は胡坐を掻いた。片方の膝頭を摩りながら残っていた動物の顔に何度も金槌を振り下ろす。痛いよー、やめてよー、と声色を変えて演じたものの、数十秒で役を降りた。
　夏朝は後ろに倒れた。両手を頭の後ろに組んで、ぼんやりと蛍光灯の光を眺める。
　大人しいから文化祭の準備とかの雑用を押し付けられるんだよ。やっぱり、僕が何とかしないとダメだね。もっと楽しい中二の生活を夏朝には過ごして貰いたいからね。
　その想いを踏みにじるような爆音が外から聞こえた。夏朝は跳び起きて窓に駆け寄る。グラウンドでは土煙を上げて複数のバイクが走っていた。帰ろうとする生徒達に突っ込んでは校舎に追いやり、口汚い言葉を浴びせる。その連中の後ろには女生徒が跨っていた。
「あいつ等だね」
　夏朝は嬉しそうな笑みを浮かべた。左手で金槌を拾った。右手には両刃のノコギリを握る。
「少し懲らしめてやらないとね」
　誰かの頭部を想定しているのか。夏朝は金槌を縦に振り下ろした。身体を横にして倒れた人物の背中を踏むように右足を出す。首があると思われる部分にノコギリの刃が当てられ、一気に引いた。
「こんな感じかな」
　口角が不自然に上がる。内側から黒い感情が溢れ出た。
　視線は側に落ちていた動物の顔に向かう。金槌で殴られた跡が目を歪ませて泣いているように見えた。
　あいつ等はどんな可愛い声で泣いてくれるのかな？
　夏朝は教室を出た。廊下を早足で歩く。下駄箱を目にすると耐えられなくなって走り出した。
　夏朝は校舎の外に飛び出した。
　瞬間、一台のバイクが傾いだ。立て直そうとして無理にハンドルを切って運転手がシートに撥ね跳ばされた。後ろに乗っていた女生徒は悲鳴を上げてグラウンドに転がる。暴走した別の一台が突っ込んで横転した。更に一台が曲がろうとして横に滑り、そのままの状態で直撃した。
　けたたましい金属音。小さな火花が散った直後に黒い炎が立ち昇る。周辺は騒然となった。
　夏朝は黙って見ていた。握力が急速に失われ、金槌とノコギリが地面に落ちた。血に塗れた顔の女生徒が先生に引っ張り出される。足や手が不自然に曲がっている者もいた。気を失っているのか。全員が壊れた人形のように見えた。
「僕が壊したかったのに……」
　残念そうな口調で踵を返し、つまらないの、と呟いた。

　いつの間にか、バイクの音は聞こえなくなっていた。何事もなかったような状態に夏朝の目が嘲りを浮かべる。
　あいつ等の暴れた事実も、こんな感じでなかったことにされたんだよね。悪い連中に罪のない生徒が巻き込まれた、っていう学校側の都合の良い解釈でさ。
　一つ、溜息を吐いた。
「ま、夏朝の手を汚さないで済んだのは良かったんだけどね」
　大きな伸びをして夏朝は青く澄んだ空を見上げた。

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