【お三夜】猫と人、二つの世界が交わる夜｜リアクション

【お三夜】猫と人、二つの世界が交わる夜

●掴め、未来

「うおおお、つくしちゃああん！！」
　冴木竜司が迷宮内を疾走してゆく。背中には銀の髪を靡かせた鬼崎つくしを背負っている。
　つくしは竜司の背にぴとりと身体を寄せていた。
　自分が戦闘に向かないことは百も承知。ならば、せめてろっこん＜つくしんぼう＞で、彼のろっこんを強化してあげたい。そんな健気な気持ちからだ。

「頑張って、お兄ちゃん」
　耳元で囁くように声を掛ける。すると竜司はさらに奮起し、叫んだ。
「おおおお！　つくしちゃんのぺちゃぱいが背中にぃぃぃ！　気持ちいいいぃぃ！」
　想いを大声で叫ぶことで全身の筋肉強化するろっこん＜性春パワー！＞はビンビンに発揮されていて、つくしの重さなんかまるで真綿のようだ。変態なことを叫ぶたびにつくしからこつんと小突かれつつも、竜司は鳥居の道を爆走する。

　やがて分かれ道で出会ったのは、竜司とつくし、ふたりそっくりの影猫だった。
「お兄ちゃん……？」
　つくしは竜司を見つめる。そこにいつもの変態な竜司はいなかった。
　影の竜司は、嗤っていた。
　嗤いながら、つくしと竜司の間を引き裂こうと攻撃を繰り出してくる。さすがの竜司もつくしを危険に晒してはならぬと背中から下ろし、影に相対する。
『所詮お前は人の事等どうでもいいんだろ？』
　掠れ声。
　明るく振舞う自分が仮面だとしたら、その仮面の下にある顔。
　同じであって、同じでない顔。
『お前は勝手に他者や世界に絶望して、その癖嫌われたくない人でなしで卑怯者の構ってちゃんだ……』
　触れられたくない部分だった。自分でも見ないようにしてきた部分だった。
　わかってる。本当はわかってる。そんな自分が、自分の中に息づいていること。
　そんな部分をえぐりながら、影は同じ能力で攻撃してくる。
「確かに」
　竜司は攻撃を払いながら歯を食いしばる。
「この世界は汚くて醜いものが多すぎて反吐が出るって内心思ってるさ！　でもな！」
　つくしを見つめる。
　つくしは――やはり自分の影と向き合っていた。
　影はつくしを抱きしめるようにして、口唇を三日月のかたちに持ち上げる。
『彼と出会ったのは公園だったね……覚えてる？』
　覚えている。忘れもしない。お兄ちゃんと出会って、人生が変わった日。
『あの日、私の中で確かに芽吹いていたもの……それは大好きな人が愛する清い恋心なんかじゃない。それは醜い……嫉妬や執着……独占欲。そうじゃなかった……？』
　はじめて得たぬくもり、それを失いたくなかった。その通りだ。
『依存したいし依存されたい……私に安らぎと心をくれたあの人を私だけのものにしたい……そんな心よね』
「言わないで」
　つくしは懇願した。懇願しつつ、恨んだ。
　なんて厭らしい相手。お兄ちゃんに知られたくない部分――認めたくない部分を指摘してくるなんて。
『知られたくない。認めたくない。愚かね』
　そう罵られカッとなった。
　つくしは影を平手で打った。瞳には熱い涙が込み上げていた。
「わかってるよ！　けど、そういう欲があるから人は成長できる……綺麗なだけじゃ何も掴めないんだよ、恋も未来も！」

「つくしちゃん！」
　竜司の呼び声がする。
　視線をあげる。見つめるのは影じゃない。彼だ。
　彼は戦っていた。自分の影に向かって叫びながら。
「俺は卑怯な道化かもしれないさ。でも、そんな俺でも守りたいもんができたんだよ！　なら、そんなネガティブな考え捨てて馬鹿やってる方がましだ！　そうだろ、つくしちゃん！」
「お兄ちゃん！」
　腕を伸ばす。
　私だってそうだ。汚い心を隠した卑怯者だったかもしれない。だけどこれからは。
「汚い部分も受け入れた上で振り向かせてみるから！　だから、お兄ちゃん。一緒に戦おう！」

　竜司とつくしは固く抱き合い、それから影を睨みつけた。
「おおおおお！！」
　＜性春パワー！＞と＜つくしんぼう＞によるろっこんの相乗効果で、竜司の身体には内側から力が満ち溢れた。雄叫びを上げ、竜司はふたつの影を高く高く蹴り飛ばす。
「二人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえってな！」
「ちょっと違う気もしますが……お兄ちゃん、ありがとうございます」
「なに、礼を言うのはこっちのほうさ」
　竜司はへへっと鼻を擦る。
「俺とつくしちゃんの合体パワーがあれば、ざっとこんなもんよ！」