=SS情報=
【ジャンル】日常、キャラ語り
【形態】完結
【分量】5レス、約3400字(レス番号6→2)
【登場キャラクター】桜崎 巴
「おいあんた!
そうだよ、そこの屋上階段から出てきたばかりのあんたさ。他に誰がいるってんだい。
さ、大人しくこっち来な……何だい、あたしのくるぶし丈のスカートが、そんなに珍しいかい……まあ珍しいだろうがね。
安心おしよ、何もあたしは、あんたを取って食ったりゃしないさ。
……そうさ、それでいい。真夏は過ぎたとはいえあんな炎天下に突っ立つよりは、こっちの貯水槽の影の方が涼しくていいだろ。
何? ここからじゃ山しか見えないから、寝子島の海が見られる場所が良かった?
ははぁ、さてはあんた、この夏に島外から越してきた転校生だね。
なら、貯水槽に登って海を見な。折角だからこのあたしが、ここから見える景色を解説してやるさ。
まず、そこから見えるのは、知っての通り太平洋だね。で、ちょうど目の前から左の方にかけてが寝子島海岸さ。
そこに、色とりどりの小さな帆が見えるかい? 日光を反射して煌めく波間に、縦長の三角形が滑っていて……。今はまだ夏休み中の大学があるってんで、大学生のウィンドサーファーが、この夏最後の風を求めてるのさ。家族連れもいなくなって、好き放題できるからね。
で、左の方にずーっと目を遣ると、大観覧車が見えてくる。寝子島を360度展望できるってのが売りらしいが……正直、景色ならここの方がよっぽどいいね。何せ、ここは九夜山をすぐ背中に迫って感じられるし、海も寝子島モールからエノコロ岬まで、全てを正面に収める事ができる。
え? どれがエノコロ岬か解らないって?
あんたの目は節穴かい。ほら、正面少し右側の、そこだけ森になってる所だよ……おっと今、寝子電が通ってるね。あれがトンネルに入ってく所がエノコロ岬さ。
岬の先に浮かんでる島……と言っても岬にほとんど隠れてるが、あれが鈴島さ。で、そのさらに右側に見える港の周囲が高級別荘地と名高い星ヶ丘様だね。
おっと、今あたしが嘲笑気味だったのに気付いたのかい。
どうやらあの辺、大昔は寂れた一角だったらしいね。星ヶ丘に限った話じゃないが、洒落た地名ってのは歴史の浅い地区につくものさ。土地屋ってのは、どうでもいい場所だから地名なんてないか、あってもどうでもいい名前だったのを、住宅地なり何なりとして売り出すんで洒落た名前にしちまうのさ。滑稽なもんだ。
……っと、何の話だったっけねぇ。
そうそう、あの鈴島にゃ伝説があってね。それによればあの島、どうやら火山で生まれたらしくてね……何だい、噴火したらどうなるかって?
そういやあんた、九夜山に登った事はあるかい? 夏休みの間に一度? やっぱり、寝子島住民になるなら一度は登りたくなるだろうねえ。……その時に気付いた事は?
傾斜がキツい。ああ、その通りさ……他には? あんた、展望台までは行かなかったかい?
……そうさ、思い出したかい。展望台から三夜湖を見りゃわかるが、あの周辺には木が生えていないのさ。
もちろん、幾ら険しいっていったって、九夜山は所詮、標高500メートルさ。全長たった3キロの島にしちゃやけに高いのは確かだが、森林限界になるような高さじゃないさ。
じゃあ何でかって?
あんた、草津白根山を知ってるかい。それと九夜山の光景は似てると思わないかい? 何なら箱根の大湧谷でもいい。
つまりはこういう事さ。『九夜山は、微活動中の活火山』だ……植物が着生できない程の量の火山ガスを放出している、ね。
もしかしたら、明日にでも突如活動が活発化するのは、鈴島じゃなくて九夜山の方かもしれない。そしたら最悪、大噴火して山体崩壊を起こして、一気に寝子島の町並みを押し潰す……なーんてね。
おっと。ちょうど今、予鈴がなったね。昼休み終わりまで後5分だ。
だが、すっかりビビらせちまったままで帰すのも忍びないね。今度は、もうちょいとばかり楽しい話をしようじゃないかい……。
あんた、住まいはどこだい?
ほう、普通に親元からかい。そいつは気楽そうだ。
いや何、馬鹿にしようとかそう言うんじゃないさ。
やっぱりうちの学校にゃ、どうしても三寮対抗みたいな雰囲気があるからね。あたしとしちゃあ、そん中から外れた所にいるのは多少、勿体ない気もするのさ……まあ、時と場合によって立場を変える処世術、なんて面白い事ができるのは、三寮住まいじゃない奴の特権だがね。
あんた、あたしの寮はどこか判るかい?
ああ、良くお判りだ。その通り、あたしは猫鳴館さ。賞品代わりにこいつを取っときな……煙草じゃないさ、よ~く見てみな。ただのチョコじゃないかい、そうビビんなさんな。
そうそう、そいつを本物の煙草みたいにすーっと……おっと今、本鈴が鳴ったね。もう手遅れさ、御愁傷さん。今から戻るのも気まずいだけだろ、もうちょっとここで空でも眺めていようじゃないかい。
何だって? 次は熊吉の授業だから、帰らないと怖い?
なあに、鬼熊なら逆にどうにでもなる。試しに「3組の桜崎に捕まってた」っとでも言っときな。見事あんたは無罪放免さ……あたしは奴ごときどうって事ないし、実際、あんたを引き留めた罪はあたしにあるんだしね。
ん? あたしが不良やってる理由?
そりゃ決まってるだろ、あたしは自由な青春を謳歌したいのさ。
無秩序と自由は違う? 全く、減らず口叩きやがって……。
その通りさ。無秩序と自由は違う。無秩序ってのは次に何が起こるか解らない状態で、自由ってのはただ自分のみが自分を律する状態さ。そこを混同する程あたしは馬鹿じゃない。
つまり、あたしはあたしのルールに従って授業をサボるし、あたしのルールに従って他人をからかう。安心していいよ、あたしは今、あんたをからかってるわけじゃないからね。
調度いい。ここであたしが猫鳴館を選んだ理由を話しておこうかい……と言っても、単に最も自由を謳歌できそうだったから、ってだけの話だがね。生活から何から、全てが学生自治さ。
何だって? あたしみたいな不良が自治を語るのはおかしいって?
そういう事もないんだがねぇ……旧制高校なんてのは大体そんな感じだったらしいのさ。
当時の高校って言ったら、それだけでエリートみたいなもんさ。そのエリート中のエリートたる一高ですら、寮じゃ体育会系のどんちゃん騒ぎ、そんな無茶苦茶な奴らも多かったって言うじゃないかい。
まあ兎に角、奴らは、エリートの癖に野蛮、とかいうワケの判らない奴らだったわけさ。俗に言う蛮カラってヤツだね。惚れ惚れするだろ? しないかい? まあ、その辺は人の趣味嗜好かもしれないけどね。
それと、今の猫鳴館の現状を見比べてみな……何、あいつらのどこがエリートなのか、って?
そりゃごもっとも。エリートとか何もなしに、単に野蛮なだけかもね。案外ああ見えて、一芸だけに秀でてる奴らはごろごろしてるんだが……どれだけ役立つ芸かは置いといて。
まあ他人の事はどうでもいいのさ。重要なのは、あたしがどうなのかって事だからね。
……いや、あんたの言いたい事はわかるさ。『授業をサボるエリートがいるか』だろ? 顔に書いてある。
いいのさ。教科書なんて、あたしは4月のうちに読破したんだから。それよりは、図書室から借りてきたこいつを読むほうがよっぽど有益さ……。
もっともあたしは、まさにあんたが訝しんでいるように、単にエリートごっこをしてるだけさ。
けど、それでいいじゃないかい。ライオンだって、ガキの頃は駆けっこをして遊ぶんだ。そしてそれは、後々、狩りの技術に繋がっていく。遊びってのは、大人になってからの予行演習なのさ。
あたしも、ある意味じゃ大人の予行演習をしてるんだ……他人の下で使われる側の大人じゃなくて、自ら世界を動かす側の大人になるためのね。
世界を動かす大人ってのは、お仕着せの作業に甘んじない。それを越える、より良い作業の仕方を模索する。
だからあたしも、お仕着せの授業に甘んじない。それを越える、より良い勉強の仕方を模索するのさ。
とはいえ、それにあんたまでつき合わせちまったのは悪かったね。しかも楽しい話とか言いながら、楽しいのはあたしばかりになっちまった。
ま、少なくとも、鬼熊の授業にまともに出るよりは、多少は有益な話をできたとは思うがね。
何にせよ、長々とあたしの話に付き合ってくれてありがとさん。そろそろ行って、鬼熊に本当は授業をサボる気なんてなかったんだって事を見せておやり」
(とある巴の昼下がり・完)