おとなになりたいお年頃｜リアクション

おとなになりたいお年頃

　　【風になりたい】

　宇津野京は、自分の愛車のマウンテンバイクに乗って走っていた。
　今着ている、上下ジャージ姿の機能性が心地良い。
　そして、通りすがりであるシーサイドタウンの小さな公園に差し掛かった時。
「ん…？公園に何かあるね…？」
　京がじっと目を凝らす──そこには、唯一の衣類である薄い水色の上着を着た１匹のうさぎが、二本足で堂々と立っていた。

「なんだろう……？　うさぎさんがお店やってる……？
　──よし、突撃しよう！！」

　歩いて来る京の姿を見たうさぎは、瞳を一気にキラキラと輝かせ始めた。
「おはようございます！うさぎさん、何やってるんですか？」
「いらっしゃい。この世界では初めてのお客様だよ。
　──僕は飴を配っているんだ。いろとりどりの、食べると歳を取るんだよ。
　歳は１歳単位で取り揃えているよ。何才歳を取りたいのかな」
　と言って、うさぎは早速、色々な飴が置いてあるテーブルから、相手に向けていくつかの飴をそっと差し出した。

　京は思案した。身長146cmの彼女にとっては、自分の目から見ても愛用のマウンテンバイクは少し大きくて。
　しかし……せめてあと10年経てば、否、あと５年も経てば、きっと身長もいい感じになっているに違いない。
「うさぎさん、うさぎさん！　５歳くらいの奴ってあるかな？」
「あるよ。５歳なら作った中でも、特製味の一品があるんだ。食べていくといいよ」
　うさぎは、テーブル下に置かれたトランクの中から、ニンジンであるはずなのに、赤いカブのように丸い胴体をした一つの飴を差し出した。

　京がそれを受け取り口に含むと、
「はむっ……
　あ、甘くておいしい！」
　飴はもうとろける様な甘さ。
　それと同時に、京の視線が一気に伸びたような気がした。
　16歳で146cm、その不安を隠すような視点の高さ。

「わぁ……21のわたしってこんな感じなのね。
　…ってジャージのながさが足りないや。むぅ、着替えるのもがない……
　──致し方なし！お母さんのをこっそり借りよう！」
「あ、お客さん。着替えるならここに──」
　うさぎの声も間に合わず、京は一直線にマウンテンバイクまでダッシュ！　そしてそのまま自宅に戻っていった。
「にんげんって、あわただしい生き物だなぁ」
　残されたうさぎは、ぽつんと呟いた。

　自宅に戻った京は、着替えてしばらく思案した上、シーサイドタウンのバイク屋さんへ向かった。
　前には足も届かなかったオフロードバイク。今の身長ならば、きっと乗れるかも知れない。
「すみません！　自分にも乗れるオフロードバイクってありますか？　試しに跨ってみたくて──」
「ああ！　一台ちょうど感想が欲しくて、試し乗りで貸し出しているのがあるんだ。少し乗って走ってみるかい？　お昼の１２時頃までに返してもらえればいいから」
「！？　はいっ！」

　出した身分証明書がまだ高校生である事に驚かれ、保険証の提示まで求められたが、それでも偶然借りられたオフロードバイクで走り出す。
　ずたぼろの落神神社まで走って、そこから坂道を一気に駆け下りた。

「おお、いつもよりもハンドルが低く見える…！」
　視界の高さが新鮮だった。首筋を駆け抜ける風がとても心地良かった。
「わぁ……こんな感じなんだ！　いいなぁ……！」

　──こうして、オフロードバイクを返しに行って。
　満足と共に歩き出したところで、一気に年齢が戻り身長が縮んだ。
「わぁっ、戻っちゃった！」
　ジャージの上下は母から借りている為、手も足もだぼだぼ状態。

　それでも憧れのオフロードバイクに跨ぎ、風を感じた一時の瞬間を思い出して。
　京は嬉しそうに歩き始めた。

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