桜花寮、秋の一日｜リアクション

桜花寮、秋の一日

　男子寮、夜10時頃。
　志波拓郎と追分義一は、寝る前のゆったりとした時間を寮の部屋でそれぞれ堪能していた。
　秋の夜長、無口気味な男子二人の部屋には、鈴虫の涼しげな鳴き声がよく届く。

（さて……寝る前に、自宅から持ってきたＨＤＤレコーダーの容量をチェックしとかねえとな）
　テレビモニターに向かい、録画したアニメ番組のチェックと整理を始める義一。ちょうどこの時期はテレビ番組が入れ替わる季節。今秋は注目の新作アニメが多かったため色々撮ってみたが、見続けるのは３、４本に絞ることにしている。その方が無理なく楽しめるんだと、今までの経験から義一は知っているのだ。
（これとこれとこれを残して後は削除……と。よし）
　一方、机の前で明日の準備を整えた拓郎はあくびを一つした。宿題は終わったし、シャワーも浴びたし、既に眠いのだがこの落ち着いた心地良い時間が少しもったいない。
　義一を見ると、黙々とアニメチェックを続けている様子。拓郎は彼の邪魔をしないように静かに動く、つもりだったが…
「…ヘプチッ！」
「…風邪か？」
「いや…平気…」
　意図せずくしゃみが出てしまったが、義一の作業を気遣って多くは語らず、拓郎は窓際に向かう。
（さすがにもうこの時期、窓開けると寒いな…）
　外の秋模様を見ながら窓を閉めた後、ベッドに寝転がって最近買った漫画を手に取った。
　少年系漫画『京都蝕種-キョートグール-』。京の都に隠れ蔓延り、人の世を侵蝕する妖怪を巡るアクション漫画である。
　ベッドの上に置いていたゲーセンで取ったクッションを抱き込み、ぬくぬくと快適な姿勢で読み始める。
「お、その漫画読んでんのか、面白いよな」
　作業が一段落したのか、拓郎の様子をうかがった義一が、覚えのある表紙に反応する。
「うん…雑誌で気になったから買ったけど、加筆あって読みごたえある…」
「それの作者がサービス精神旺盛で、ねこったーで時々ラフ画をアップしてるんだぜ。今度見てみたらどうだ」
「へぇ…。ねこったーか…そこらへん、あまり見てなかったな、ありがとう」
　いつもと変わらず、二人の表情は乏しい。しかしこういった趣味の談話では、心なしか声が弾んでいるようだった。

　漫画の話をしていたら、アニメの方も気になってきた拓郎。義一はモニターに注がれた彼の視線に気付き、ＨＤＤの録画リストを見せてみる。
「興味あるのか？　今期は良作が多いぞ」
「何かお勧めとか…あるかな」
「ん……それなら、やっぱこいつだ」
　義一はイチ押しのアニメ『魔法少女☆ネッコロガリーナ-SS（スリーパーズ）-』のオープニングを流してみる。画面から飛び出さんばかりの淡い輝きを放つ曲と映像が始まった。
「シリーズの新作だ。ここの光彩の使い方が絶妙で、次のカットと合わせて話の展開を示唆したりしてる。……このＯＰの疾走感が良くてな。録画でも毎回飛ばさずに見ちまいそうだ」
　これも無表情ながら楽しそうにうんちくを語る義一に、拓郎は頷いた。
「本当だ…凝ってるし、色も綺麗…だな」
　普段、拓郎が主に見ているアニメは少年マンガ系の作品だが、義一が見ている作品は女の子の登場人物が多い。
「あ…」
　モニターに映る愛らしいキャラクターの中に、拓郎は見覚えある姿を見つけた。そしておもむろに立ち上がり、鞄をごそごそと探って目的の物を取り出す。
「…もしかして、これ…いる？」
　このアニメのキャラステッカーだった。コンビニに行った時にコラボレーションが催されていて、そこで偶然貰ったものだ。
「…ん？　おお、ステッカーくれるのか」
　差し出されたそれを、義一は受け取った。
「ちょうど集めてたところなんだ。俺一人だと収集が捗らなくてな…感謝するぜ」
　変わらずの仏頂面であるが、彼の言葉の端々には嬉しさが滲み出ていた。

　それからも、ぽつりぽつりと、自然に滴る雫のように、二人の会話は互いが寝る時間まで穏やかに続いた。

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